犬や猫の保護などでよく話題になる「動物愛護管理法」ですが、実は牛にも適用されていることをご存じでしょうか?
牛乳やお肉として私たちの食を支えてくれている牛たちのために、私たちが今できることを考えてみませんか。
- 家畜として働く牛たちにとって、快適な環境とは?
- 「動物愛護」を意識した飼養管理方法って?
- 消費者の一人として、できることはある?
この記事では、上記のような疑問にお答えしていきます。
改めて動物愛護管理法の内容について触れながら、「働く牛たちがどのような生活をしているのか」や「飼養管理の中で気を付けるべきポイント」などについて解説します。
牛にも適用される動物愛護管理法
“「動物愛護管理法」という言葉はよく聞くけど、詳しい内容や罰則については知らない…”
“犬や猫の保護に関する法律でしょ?”
なんて思っている方、意外と多いのではないでしょうか?
「動物愛護管理法」は、犬や猫はもちろん、牛にも適用されています。
令和元年6月の法改正によって罰則が強化されたことからも、改めて動物愛護を意識した飼養管理の徹底が必要です。
ここでは、知っているようで知らない「動物愛護管理法」の内容や、「愛護動物」の種類、牛に関して定められている項目について解説します。
改めて意識したい「動物愛護管理法」の内容
「動物愛護管理法」は、次の11項目で構成されています。
- 基本原則
- 動物愛護週間
- 動物の飼い主等の責任
- 動物の飼養及び保管等に関するガイドライン
- 動物取扱業者の規制
- 周辺の生活環境の保全
- 危険な動物の飼養規制
- 犬及び猫の引取り等
- 基本指針と推進計画
- 動物愛護推進員と協議会
- 罰則
牛に関する内容が含まれる6項目(黄色下線部分)について、簡単に説明します。
1. 基本原則
この項目では、動物愛護管理法の基本的な考え方を示しています。
動物愛護の基本は「動物の命の尊厳を守ること」であり、動物をみだりに殺したり傷つけたりすることなく、その動物の習性に合った取り扱い方が求められています。
2. 動物愛護週間
牛も「愛護動物」に含まれるため、動物愛護週間の対象動物と言えます。
毎年9月20日〜27日を動物愛護週間と定め、動物愛護と適切な飼養管理についての関心と理解を深めることを目的に、様々なイベントが行われています。
3. 動物の飼い主等の責任
こちらの項目はペットの飼い主さま向けの内容がメインとなっていますが、基本的な責任事項は牛の飼養においても共通です。
『守ってほしい5か条』
環境省HP
- 動物の習性等を正しく理解し、最後まで責任をもって飼いましょう
- 人に危害を加えたり、近隣に迷惑をかけることのないようにしましょう
- むやみに繁殖させないようにしましょう
- 動物による感染症の知識を持ちましょう
- 盗難や迷子を防ぐため、所有者を明らかにしましょう
牛の糞尿処理や伝染力の強い感染症の蔓延、牛舎・放牧地からの脱走など、飼養者の責任が問われる場面は多くあります。
4. 動物の飼養及び保管等に関するガイドライン
このガイドラインでは、「家庭動物」「展示動物」「産業動物」「実験動物」の4つに分けて、飼養と保管についてのルールを定めています。
家畜としての牛は産業動物に含まれますが、動物園などで展示されている牛は展示動物に含まれます。
産業動物である牛において、「飼養及び保管等に関するガイドライン」で具体的に定められている内容については、のちほど解説します。
6. 周辺の生活環境の保全
不適切な飼養によって、周辺の生活環境に悪影響を及ぼしてしまっている場合、都道府県または自治体から指導や命令が出される可能性があります。
牛の場合は糞尿の処理などが適切に行われていなければ、悪臭や感染症が発生する可能性があります。したがって、「周辺の生活環境の保全」は飼養管理の上で重要となる項目の一つです。
11. 罰則
令和元年6月の法改正により、罰則が引き上げられました。
- 愛護動物をみだりに殺したり傷つけたりした場合には、5年以下の懲役または500万円以下の罰金
- 愛護動物を虐待・遺棄した場合には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金
(参照:動物愛護管理法「罰則」)
必要な世話を怠ったり、ケガや病気の治療をせず放置したり、十分な餌や水を与えないなどの行為も虐待にあたります。
もちろん牛の飼養者も罰則の対象です。
牛は経済動物のため、できるだけコストをかけずに生産したいという生産者の考えもあると思いますが、動物愛護管理法に基づいた適切な飼養管理が求められています。
牛を含む「愛護動物」の種類とは
犬猫以外にも、多くの動物が「愛護動物」に含まれています。
環境省HP
- 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
- その他、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの
今回のテーマである牛も「愛護動物」です。
動物愛護管理法では、“動物は命あるもの”だということを正しく理解し、人間と動物がともに生きていける社会を目指しています。
牛の「飼養・保管に関するガイドライン」とは
このガイドラインで定められている、牛の飼養管理において基本となることについて、簡単に解説します。「産業動物」=「牛」と読み替えると分かりやすいです。
- 一般原則
- 適切な給餌・給水や健康管理などの飼養環境を確保すること
- 産業動物による人の生命・身体・財産に対する侵害及び人の生活環境の汚損を防止すること
- 定義
「産業動物」「施設」「管理者」「飼養者」についての用語説明。
- 産業動物の衛生管理及び安全の保持
- 上記に関する知識と技術を習得し、必要な施設を設けること
- 疾病予防と寄生虫の防除を実施すること
- 治療が必要な動物に対し、適切な措置を行うこと
- 虐待防止に努めること
- 快適性に配慮した飼養管理を行うこと
- 導入・輸送に当たっての配慮
- 施設の立地や整備状況、飼養能力を考慮して産業動物を導入すること
- 導入時には必要に応じて適切な衛生検査を行うこと
- 輸送時には、産業動物の適切な衛生管理や安全を確保しながら、産業動物による事故の防止に努めること
- 危害防止
- 産業動物由来の伝染性疾病にかかることを予防するため、飼養者の健康管理を行うこと
- 脱出しないように配慮すること
- 地震・火災等の非常災害時は、速やかに産業動物を保護し、産業動物による事故防止に努めること
- 生活環境の保全
- 産業動物の排せつ物の適切な処理
- 産業動物による騒音の防止など、生活環境の保全に努めること
- 補則
哺乳類・鳥類以外の動物においても、この基準の趣旨に沿って措置するように努めること。
(参照:動物愛護管理法「産業動物の飼養及び保管に関する基準」)
動物の命の尊厳を守りながら、人間と動物がともに生きていくために守るべき大切な基準となっています。
「アニマルウェルフェア」との違い
「アニマルウェルフェア」は、1960年代に欧州で提唱された“動物の生死に関わる身体的・精神的状態”に関する国際基準です。基本的な考え方は似ていますが、動物愛護管理法よりも、さらに動物の幸福を追い求めた考え方であることが特徴です。
「動物愛護管理法」は、1973年に制定された日本国内における法律であり、現在までに何度も改正を繰り返しながら、アニマルウェルフェアの考え方を少しずつ取り入れてきました。
しかしながら、日本国内での「アニマルウェルフェア」の認知度は2割程度という報告(産業動物分野における調査)もあり、世界的に見ても普及が遅れていることは事実です。
農林水産省は、動物愛護管理法とは別に、「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理指針」を定めています。
現代の働く牛たちの仕事内容とは
《搾乳牛》としてのお仕事
搾乳牛とは、牛乳を出荷するために搾乳を仕事とする牛のことです。主に「ホルスタイン種」「ジャージー種」「ブラウンスイス種」といった品種の牛たちが活躍しています。
- 業務形態:酪農業
- 飼養形態:放し飼い(フリーストールなど)、つなぎ飼い、放牧など
人間と同様に、牛は出産することで泌乳が可能となります。通常、出産前の2〜3ヵ月間は、搾乳を行わない乾乳期が設けられています。泌乳期間中は朝晩2回決まった時間に搾乳し、1頭あたり平均20〜30L/日ほどの牛乳を生産します。
《肉用牛》としてのお仕事
肉用牛となる牛たちは、和牛と呼ばれる「黒毛和種」「褐毛和種」「無角和種」「日本短角種」の4種類の他、「交雑種」(和牛と乳牛のハーフ)やホルスタイン種などの乳用種も国産牛肉として流通しています。
- 業務形態:畜産業
- 飼養形態:日中放牧+夜だけ牛舎内、フリーストール、つなぎ飼いなど
子牛を育てる牧場と肥育する牧場に分かれており、和牛の場合は生後8〜10ヵ月頃に肥育牧場へ移動します。肥育牧場で肥育され大きく育った牛は、生後30ヵ月で出荷・と畜され、牛肉として流通します。
黒毛和種子牛の出生体重は約30〜40kgですが、出荷時には約700kgまで大きくなります。
働く牛たちの命のはじまりからおわりまで
命のはじまり ~人工授精で血統管理~
家畜となった現代の牛たちにおいては、家畜人工授精師による「人工授精(AI)」によって新しい命が誕生しています。人工授精(AI)とは、専用の器具を使って種雄牛の精液をメス牛の子宮内に直接注入する方法です。現在では、人工授精によって血統が厳密に管理され、品種改良が繰り返されています。乳量が多い血統や肉質が良い血統など、さまざまな特徴があります。
また、近年では「受精卵移植(ET)」も盛んに行われています。ドナーとなる母牛から採卵し、レシピエントとなる別の母牛に受精卵を移植することで、効率的かつ良質な個体生産が可能です。
無事に受胎すると、280〜300日ほどの妊娠期間を経て、子牛が誕生します。1頭で生まれることがほとんどですが、双子やごくまれに三つ子のこともあります。
命のおわり ~最期まで苦痛を感じさせないために~
搾乳牛では搾乳ができない状態になった時、その役目を終えることになります。同様に肉用牛では、肥育を経て出荷月齢を迎えると、お肉になるために出荷されていきます。家畜として飼養されている牛たちの使命は、牛乳やお肉などの生産物を提供することです。
「動物愛護管理法」では動物の殺処分は禁止されておらず、生命の尊厳を尊重することを理念として、「動物の殺処分方法に関する指針」を定めています。この指針では、可能な限り動物に苦痛を与えない方法によって心肺機能を停止させる方法を用いることを推奨しています。
現在では、失神を目的とした家畜銃や電気ショック、鎮静剤・麻酔薬などを用いて動物を意識喪失状態にした上で、放血処理や薬剤注入などによって心肺機能を停止させる方法が用いられています。
私たちの食卓に並ぶ牛乳や牛肉は、彼らの命そのものであるということを、消費者として理解しておくことが大切です。
今、働く牛たちにできることは何か
生産者・消費者それぞれの立場で、今すぐ私たちにできることの例を挙げてみます。
生産者の立場でできること
生産者として牛たちのために今できることは、次の5つです。
- ストレスの少ない飼養環境の整備
- 餌や水の適切な給与
- 群分けの配慮
- 除角や削蹄などの適切な実施
- 牛を優しく取り扱うこと
つなぎ飼いからフリーストールに変更するなど、牛舎の改築を伴う飼養形態の変更はすぐには難しいと思います。しかし、普段の飼養管理方法を見直すことは、今すぐにでもできるのではないでしょうか。
- 牛舎内のウォーターカップは適切に水が飲める状態ですか?給水量は問題ありませんか?
- 体調が悪く採食できない状態の牛を放置していませんか?
- 寝床は汚れていませんか?
- 獣医師の治療が必要な牛はいませんか?
- 強い牛と弱い牛、体格の大きい牛と小さい牛が同じ群に入っていませんか?
- 他の牛を傷つけないために、除角は実施していますか?
- 肢の痛みを抱えている牛はいませんか?削蹄頻度は適切ですか?
- 牛を立たせる際に、フォークやスコップなどで突いたり叩き起こしたりしていませんか?
以上のチェックポイントを参考に、飼養管理方法を見直してみることをおすすめします。
「動物愛護」を意識することで牛のストレスが減り、結果的に生産性が上がるメリットもあるため、飼養管理方法の見直しは重要です。
消費者の立場でできること
消費者として牛たちのために今できることは、次の2点です。
- 牛乳や牛肉などの生産実態を正しく知ること
- フードロスをなくすこと
当然ながら、消費者がいなければ牛は淘汰されていきます。
消費者の1人としてできることは少なく思えるかもしれませんが、「消費」が牛への一番の貢献です。
- 牛乳がどのように生産されているか知っていますか?
- 牛肉がどのように生産されているか知っていますか?
- 牛肉の商品ラベルに記載されている「牛の個体識別番号」から、生産者情報や個体情報を確認したことがありますか?
- 牛乳・牛肉をムダなく消費できていますか?
- フードロス(食品ロス)削減を意識していますか?
どのように牛乳や牛肉などが生産されているのか、その生産の過程を少しでも多くの人に知っていただくことによって、フードロス(食品ロス)削減にもつながります。
また、牛肉の商品ラベルに記載されている「牛の個体識別番号(10桁)」からは、生産者情報や個体情報を確認できます。
※個体識別番号の検索はこちらから → [牛の個体識別番号検索サービス]
消費者意識が向上することで生産者の生産意識も向上し、結果的に良好な飼養管理の実現へとつながります。
まとめ
今、私たちにできることは、「動物の命の尊厳を守ること」という動物愛護の基本を改めて意識することです。
生産者・消費者それぞれの立場で今すぐできることの例をまとめると、以下のようになります。
- 生産者:「飼養環境の整備や、牛の取り扱い方を見直すこと」
- 消費者:「生産の実態を正しく知り、フードロス(食品ロス)削減を意識すること」
消費者としては、直接牛たちのために何か行動を起こすことは難しいものの、消費者意識の向上はとても重要なポイントです。また、生産者においても、法改正や世界的な動きを待たず、率先して動物愛護やアニマルウェルフェアを意識した飼養管理をしていく必要があります。
「動物愛護」を正しく理解し実行していくことが、働く牛たちへの最大の貢献です。
令和元年6月の法改正により、罰則が最大5年以下の懲役または500万円以下の罰金に引き上げられたことからも、改めて「動物愛護」を意識した飼養管理が求められています。
それぞれの立場で、今できることから始めていきませんか?