「殺処分」という言葉に多くの動物好きの皆さんは心を痛めると思います。
殺処分はなぜゼロにならないのか、ゼロにするためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。
この記事では、野良猫のTNR活動と里親募集をしている保護活動歴14年の筆者が、殺処分ゼロのためにできる事と取り組みについて解説します。
殺処分がゼロにならない理由

近年ペットを家族に迎える手段として、ペットショップだけでなく、保護犬や保護猫を引き取ることを選択肢に入れる人が増えてきました。
保護犬や保護猫の認知度が向上してきたのは、殺処分を減らすために行政や動物愛護団体などが長年活動を継続してきたからです。
ではなぜ殺処分がゼロにならないのか、殺処分の現状について見ていきましょう。
殺処分の現状

環境省のデータによると、1974年の犬猫の殺処分数は122万頭と、多くの命が犠牲になっていました。
2001年の殺処分数は50万頭を切り、2009年には25万頭と徐々に殺処分数は減ってきました。
殺処分数が10万頭を下回ったのは2015年で、直近のデータでは2022年の殺処分数は11,906頭でした。
122万頭の殺処分が行われていた頃に比べると、近年の殺処分数はかなり減ったことがわかります。
殺処分ゼロを達成した自治体もありますが、日本全体として見ると殺処分ゼロになるためにはまだ多くの課題が残されています。
殺処分の方法
つらい話になりますが、殺処分の方法についても読者の皆さんに知っていただきたいです。
環境省の「動物の殺処分方法に関する指針」では、「できる限り殺処分動物に苦痛を与えない方法」によって殺処分を行うように記載されています。
収容期限は、収容される犬猫の数により異なり、早い自治体では1週間程度で殺処分が行われます。
一部の殺処分が少ない自治体では、麻酔薬の注射投与などによる苦痛の少ない方法が取られていますが、それはほんの一部にしかすぎません。
多くの殺処分対象の犬猫は、収容期限を迎えると「ドリームボックス」で命の最後の瞬間を迎えます。
「ドリームボックス」と聞いて、読者の皆さんはどのようなものを想像しますか。
二酸化炭素ガスによる窒息死、これが「ドリームボックス」に入る殺処分対象の犬猫たちを待ち受けている現実です。
「ドリームボックス」は「殺処分機」です。
二酸化炭素ガスによる窒息死は、すぐに意識を失うこともできず、この殺処分機の中には苦しみにもがいて付いた爪痕が無数に残っています。
筆者が殺処分方法を知ったのは、約15年前、まだ保護活動を始める前の大学在学時でした。
悲惨さにショックを受けると同時に、こんな死に方があってなるものかと、強く憤りを覚えたことを今でも覚えています。
殺処分ゼロへの問題と課題
殺処分がゼロになるまでには、どのような問題と課題があるでしょうか。
殺処分を減らすためには、収容される犬猫の頭数を減らすこと、つまり保健所の引取り頭数を減らす必要があります。
NPO法人 人と動物の共生センターが提唱している「余剰犬猫問題蛇口モデル」を参考に見ていきましょう。

殺処分ゼロを達成するためには、「飼い主」「ペット産業」「野外での繁殖」の全ての蛇口を締めることが必要です。
飼い主からの持ち込み
2012年に動物愛護法の改正が行われ、「終生飼養の責務」の観点から、保健所は飼い主からの安易な引き取りの申し出を拒否できるようになりました。
安易な引き取りとは、「引っ越しで飼えなくなった」「大人になったら可愛くなくなった」などの理由によるものです。
ペットを家族の一員として考える人がいる一方で、身勝手な理由で命を捨てようとする人がいるのが現実です。
保健所が引き取りを拒否できるようになっても、悪質な飼い主による遺棄の心配もあります。
責任を持てる人だけがペットを飼える仕組み作りや、終生飼養の責務の教育のほか、そもそも安易にペットを飼わないように啓蒙することも必要です。
また、保健所の引き取り数のうち、8割以上が所有者不明であり、この中には迷子の犬猫も多く含まれています。
ペットを迷子にさせないように普段から気を付けることや、マイクロチップの装着など、迷子防止対策を飼い主さんがしっかりすることも、収容動物を減らすためには有効です。
ペット産業
悪質ブリーダー(繁殖業者)での動物福祉の観点からかけ離れた劣悪な環境での飼育や、パピーミルと呼ばれる子犬の大量繁殖施設の存在も問題になっています。
売れ残りや、繁殖に適さない犬猫の扱いも、命とは思っていないようなひどい扱いで、保護犬保護猫と偽り、下請けの動物愛護団体に横流ししているケースもあります。
このような悪質繫殖業者に対しては、動物愛護法の更なる改正での罰則強化等が必要ですが、ペットショップ業界と政治の繋がりにより、なかなか進まない状況です。
多頭飼育崩壊
近年、犬猫を不妊去勢手術をしないまま、飼育適正頭数以上に抱え込んでしまい、多頭飼育崩壊になるケースも増えています。
かわいそうだからと引き取り頭数が増えていき、徐々に精神的に問題を抱えてしまい適正な飼育ができなくなり、異臭や鳴き声などで近所の人が通報して発覚するパターンが多いです。
個人での飼育のほか、動物愛護団体でも多頭崩壊になるケースも。
悪質繁殖業者の経営が立ち行かなくなったり、きちんとしたブリーダーさんでも突然病に倒れて飼育ができなくなったりして、多頭崩壊となるケースもあります。
環境省も「多頭飼育問題への対応」として取り組み方針を出していますが、根本的な解決策がなく社会問題となっています。
野良猫の野外での繁殖
殺処分数には含まれませんが、車に轢かれるなどして亡くなるロードキルで、多くの野良猫が亡くなっています。
猫のロードキルでの死亡数は、人と動物の共生センターの「全国猫のロードキル調査(2021)」によると、殺処分数の10倍の約29万頭です。
野良猫の不妊去勢手術をせず、無責任に餌やりだけをする行為が、ロードキルで亡くなる野良猫の多さに繋がっていることを知っていただきたいです。
野良猫を捕獲し不妊去勢手術をしたあとに元の場所に戻すTNR活動が、全国の自治体やボランティアによって行われ、少しずつ野良猫の数は減少しています。
耳の先が桜の花びらのようにカットされている野良猫を見かけたら、TNRされた地域猫ですので、温かい目で見守ってあげてください。
殺処分ゼロは「結果」であり「目的」ではない

ここまで、殺処分がゼロになるための話をしてきましたが、殺処分ゼロは「結果」であり「目的」ではないことを忘れてはいけません。
殺処分ゼロが「目的」になってしまい起きた問題について紹介します。
これまで、野良犬や野犬は、人間への譲渡が適切ではないと判断され、譲渡対象とならない自治体がほとんどでした。
近年では、収容時には人間への譲渡に適せないとされていた野良犬や野犬を、時間を掛けて訓練し譲渡に繋げている自治体もあります。
しかし、殺処分ゼロという「目的」を達成することを重視してしまい、野犬の収容頭数が増えるばかりで保護センターが野犬で溢れかえってしまったケースも。
その結果、ストレスの溜まった犬同士の事故や、弱い犬が攻撃対象となる死亡事故が起きてしまいました。
殺処分ゼロは、譲渡する犬猫の数が収容数を上回らない限り、達成できません。
無理に殺処分ゼロを目指すと、上記の例のように、動物福祉に配慮ができていない状況になってしまいます。
行政の動物愛護センターにも、民間の動物愛護団体でも、受け入れ頭数には限りがあり、無理な保護を続けてしまうと、多頭飼育崩壊を招きかねないのです。
殺処分ゼロは、「飼い主」「ペット産業」「野外での繁殖」の全ての蛇口を締めることによって達成される「結果」でなくてはいけません。
動物福祉に配慮されておらず、犬猫が苦痛の中で生きていかなければならない状況が長期的に続くのであれば、その苦痛から解放するための安楽死の選択肢は残されるべきだと、筆者は考えています。
殺処分ゼロのための取り組み

殺処分ゼロに向けて、行政と、民間の動物愛護団体でどのような取り組みが行われているのかを見ていきましょう。
行政の取り組み
殺処分ゼロを達成している自治体はいくつかありますが、ここでは神奈川県と東京都の取り組みを紹介します。
神奈川県では、2014年度以降、犬猫の殺処分ゼロを達成しています。
1977年、殺処分数が年間1万頭を超えている状態から、動物保護行政への施策転換を目指し、神奈川県の取り組みがスタートしました。
民間ボランティアと協力するとともに、「かながわペットのいのちの基金」を活用し、神奈川県獣医師協会と連携し、負傷動物の治療や人馴れしていない犬のしつけや訓練を実施しています。
2009年10月、年間約300頭の犬の殺処分方法を、二酸化炭素ガスでの窒息死を廃止し、注射での安楽死に切り替えました。
猫約2000匹の殺処分も、徐々に二酸化炭素ガスから安楽死に移行し、2012年12月、猫での二酸化炭素ガスの殺処分方法も廃止。
2015年3月には、殺処分施設の象徴であった焼却炉と排煙用の煙突を除却し、殺処分ゼロを継続しています。
「怪我や障害があっても、人に懐いていなくても必ず引き取り手は見つかる」という行政職員と民間ボランティアの強い思いが、「結果としての殺処分ゼロ」を実現させています。
一方で、「目的としての殺処分ゼロ」になってしまっているのが東京都です。
小池都知事が2016年の知事選で公約の1つとして「ペット殺処分ゼロ」を訴え、2019年4月に「殺処分ゼロを達成した」と発表。
里親募集を行う約50のボランティア団体を紹介する情報サイト「ワンニャンとうきょう」を開設し、譲渡会の日程を掲載するなどの取り組みを行ってきました。
しかしこの発表の裏で、実際には殺処分された犬猫が150頭いました。
この150頭は、衰弱や病気、噛み癖があり譲渡できないと判断された犬猫でした。
東京都も動物愛護団体の活動が活発で、懸命に収容動物の引き出しを行い、譲渡に繋げた結果、殺処分数は確実に減少しています。
筆者も、都内の動物愛護団体での活動経験があり、譲渡が難しい子でもボランティアが懸命に世話をし、新しい家族のもとに引き取られて行く姿を見てきました。
東京都に限ったことではありませんが、「目的としての殺処分ゼロ」にこだわらず、「結果としての殺処分ゼロ」を行政には目指してもらいたいと筆者は思います。
動物愛護団体の取り組み
民間の動物愛護団体の取り組みには、主に以下のような活動があります。
- 実際に動物を保護して世話をし、新しい飼い主に譲渡する
- 適正飼養などペットについての啓蒙活動を行う
- 野良猫のTNR事業の運営
- 保護猫カフェの運営
- 里親募集情報を掲載するホームページの運営
- 盲導犬など身体障害者補助犬の育成
行政の取り組みの中でも述べたように、殺処分を減らすためには行政と動物愛護団体の連携が必須であり、全国でさまざまな動物愛護団体が活躍しています。
殺処分ゼロのために一人一人にできること

殺処分ゼロのために、私たち一人一人には何ができるでしょうか。
まずは殺処分の現状を知り、意識を変えることが第一歩だと筆者は考えます。
自ら知ろうとしない限り、殺処分がどのような方法で行われているのか、どれくらいの数の犬猫が犠牲になっているのかについて、知る機会はあまりないと思います。
殺処分される犬猫のために、自分でも何かしたいと思った方がいれば、自分にできることから始めてみましょう。
自分にできることから始めてみる
ペットショップではなく保護犬・保護猫を選択肢に入れる
ペットショップから犬猫を迎えることは、決して悪いことではないです。
ペットショップから迎えた子も、動物愛護団体から引き取った子も、大事な家族であることに変わりはありません。
殺処分を減らすためには、収容されている犬猫の新たな飼い主になってくれる人を探す必要があります。
読者の方の周りで、新たにペットを飼おうとしている人がいれば、保護犬・保護猫を迎え入れる選択肢もあることを伝えてみましょう。
動物愛護団体のボランティアへの参加や支援
全国にはさまざまな動物愛護団体があり、ボランティアに参加するのはそれほどハードルの高いことではありません。
興味があればぜひ近くの団体や、気になった団体にボランティアの申し込みをしてみましょう。
動物愛護団体の保護施設に行って活動するシェルターボランティアでは、犬の散歩、保護施設の清掃、犬猫のごはんの準備などを行います。
新しい飼い主が見つかるまで、自宅で犬猫の世話をする一時預かりボランティアもあります。
自分で活動をするのが難しい場合には、動物愛護団体への寄付や、団体の欲しいものリストから物資を送るなどの支援も可能です。
飼い犬・飼い猫を迷子にさせない
現在ペットを飼っている方は、飼い犬・飼い猫を迷子にしないことも、すぐにできる取り組みです。
「うちの子に限って脱走なんてしない」と多くの飼い主さんは思っていますが、実際そうではないことが、所有者不明で収容される犬猫の数の多さでわかります。
- マイクロチップを装着する
- 花火大会などそもそも脱走しやすそうな場所へは連れて行かない
- 室内飼育をする
- 自宅の脱走防止対策について改めて見直してみる
- 犬はダブルリードで散歩する
など、すぐにでも実行できることもたくさんあります。
さいごに
殺処分数は年々着実に減っており、保護犬・保護猫の存在も以前よりも世間に知られるようになってきています。
「結果としての殺処分ゼロ」を目指し、苦しむ犬猫が1匹でも少なくなるよう、自分にできることを無理のない範囲でやってみませんか。
記事をお読みいただき、殺処分される犬猫のために自分も何かできないだろうかと思ってくださる読者の方が1人でもいればとの思いで、この記事を書きました。
この記事が読者の方の行動のきっかけになれば幸いです。