日々当たり前のように消費している卵や牛乳、豚肉などの畜産物。
日本のスーパーでは、これらの畜産物は個別のパッケージに包装され、価格の安さや美味しさを全面にアピールしたステッカーが貼られています。
消費者である私たちにとってみるとこれらは魅力的であることには間違いないでしょうが、その価格の安さや美味しさの裏側で、動物たちがどのように飼育されてきたかということを考えなければなりません。
日々消費しているこれらの畜産物は、生命を持った動物たちから作られたものであるということを、私達は忘れがちになってしまっています。
このような状況に、諸外国は冷ややかな視線を向けています。
アニマルウェルフェア(動物の福祉)というものが、諸外国では当たり前になってきているのです。
アニマルウェルフェアとは
アニマルウェルフェアとは、日本語訳である「動物の福祉」という言葉からも想像できるように、動物の幸せに配慮した関わり方を行い、動物自身が苦痛や恐怖から解放され健やかに過ごしているという動物の状態を指します。
以前の記事で述べたように、動物を飼育する際には5つの自由に配慮しなければなりません。
①飢え・渇きからの自由
②不快からの自由
③痛み・負傷・病気からの自由
④本来の行動がとれる自由
⑤恐怖・抑圧からの自由
これらはとても基本的な内容を盛り込んだ国際的な原則ですが、実際の畜産現場では、この基本的な原則ですら十分に実行できていない現実があります。
生産効率を上げるために過密状態で飼育されていたり、動きを極端に制限されながら飼育されている牛や豚、鶏などの家畜は依然多いままです。
なぜ日本ではアニマルウェルフェアが遅れているのか
日本では、依然として鶏を狭いケージで飼育(バタリーケージ方式)していたり、母豚をその体ほどの面積しかないケージ内で飼育する妊娠ストールという方法で飼育していたりします。
(参考:日本のケージフリー飼育の鶏の割合は1.11%、ケージ飼育が98.89%(2023年調査結))
牛はつなぎ飼いの牛舎で、さらに牛の行動を制限するためにカウトレーナーと呼ばれる電流の流れる柵のある場所で生活しているのです。
こういった日本の現状の反面、諸外国、特にヨーロッパ諸国ではアニマルウェルフェアへの関心が高く、動物の幸せに配慮した飼育方法が実践されています。
鶏はエンリッチド(より豊かな)ケージ方式や平飼い、放牧などの飼育方法が行われ、豚では妊娠ストールの廃止や断尾の禁止、牛では放牧やカウトレーナーの廃止などの対策が行われています。
世界からの日本の評価
この日本の現状は、他の国々と比較するとどのような評価になるのでしょうか。
この現状がよく分かる指標として、まず1つ目にSDGsの達成度があります。
SDGsとは2030年までに達成すべき持続可能な社会を作るための開発目標のことで、地球が現在抱えている様々な問題について達成目標を設定しています。
このSDGsの内容のうち、畜産分野でのアニマルウェルフェアが関わっている代表的な項目としては、目標2の「飢餓をゼロに」や、目標12の「つくる責任、つかう責任」があります。
特に日本における目標12の「つくる責任、つかう責任」については、2015年から2023年まで、主要な課題が残っている、またはこの問題に対して重要な課題が残っている、との評価のままです。
(参考:2023年日本のSDGs達成度ランキング21位|進捗状況と取組み)
さらに、世界的な動物保護協会であるワールド・アニマル・プロテクションが作成した動物保護指標によると、2020年時点の日本はA~Gの7段階評価のうちE評価でした。
さらに、畜産分野における法規制についての評価は、最低ランクのG評価となりました。
このように、世界的な評価を見ると一目瞭然ですが、日本がどれほどアニマルウェルフェアに対しての意識が低いのかと言うことが如実に顕となっています。
日本は、どうしてそれほどまでにアニマルウェルフェアが進まないのでしょうか。
この問いに対して、以下にアニマルウェルフェアが遅れていると言われる理由を考えていきます。
なお、今回は畜産分野のアニマルウェルフェアにのみ言及します。
①アニマルウェルフェアに関する法整備がない
日本での動物に関する法律は「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護法)だけで、そこには特に畜産業におけるアニマルウェルフェアに関する規制については盛り込まれていません。
日本の動物愛護法はその殆どが愛玩動物にフォーカスした内容となっているのです。
牛や豚などの畜産動物のアニマルウェルフェアに関しては、その飼養管理についての指針や飼育方法などのチェックリストはありますが、拘束力がないため努力義務にとどまり罰則もありません。
それに比べ、ヨーロッパ諸国にはアニマルウェルフェアに関する法律(The Welfare of Farmed Animals (England) Regulations 200やAnimal Welfare Act 2006)があり、きちんとした法的拘束力があります。
また、EUの基本原則であるアムステルダム条約では、締結国に動物保護の改善とアニマルウェルフェアに対する配慮を求めています。
これは1999年に施行されたというから驚きです。
なんと今よりも25年も前に、EU諸国ではアニマルウェルフェアに関する内容を盛り込んだ条約、法律の作成に合意したこととなります。
②国からの補助金がない
アニマルウェルフェアに配慮した畜産業を営もうとすると、どうしても飼育のコストが増加してしまいます。
諸外国でアニマルウェルフェアを推し進められたのは、国からの補助金ありきとも言えるでしょう。
なんの手助けもない状態で、生産者だけに負担を押し付けることになる現代の日本では、アニマルウェルフェアが進まないのは当たり前のことだと思います。
今後、国からの補助金が出ることを祈りますが、残念なことに2024年2月時点では、農林水産省からはアニマルウェルフェアに取り組む生産者へに対して、国から補助金を出すことは考えていないという回答がありました。
(参考:家畜のアニマルウェルフェアに関する新たな国の指針についての 地方ブロック別説明会及び畜種別説明会での主な質問と回答)
2005年、EUでアニマルウェルフェアを進めていくにあたり、いち生産者への上限金額はあるものの、アニマルウェルフェア法の遵守生産者に対し支給した補助金は年間1家畜単位あたり最高500ユーロ(2005年時点で65,000千円程度)だったと言います。
※家畜単位とは大きさの異なる家畜を相対的に比較するための換算単位で、成牛…1、ぶた…0.2、鶏…0.01として計算する
では、現在の日本に置き換えると、どれほどの金額を補助金として充当したことになるのかを見てみましょう。
令和5年2月1日時点の日本における家畜の飼育頭数は以下の通りでした。
乳用牛の飼養頭数…1,356,000頭
肉用牛の飼育頭数…2,687,000頭
豚の飼育頭数…8,956,000頭
採卵鶏の飼育羽数…128,579,000羽
ブロイラーの飼育羽数…141,463,000羽
参考:畜産統計(令和5年2月1日現在)
この家畜の総数を家畜単位に置き換えると、総家畜単位は8,534,620となります。
この数字に65,000円をかけると、令和5年2月時点での補助金額は554,750,300,000円(5547億5030万円)となります。
これは果てしない金額のようにも感じますが、令和5年度の農林水産省関係予算は総額2兆2683億円だったので、そのうちの24%ほどの金額となります。
(参考:アニマルウェルフェア 動物の幸せに関する科学と倫理 p74)
③動物愛護団体が関与できていない
日本の動物愛護団体は、あくまで飼い主のいない動物の保護や譲渡活動の促進、義援金や物資の収集など民間事業としてのボランティア活動に留まります。
しかし、アニマルウェルフェアが進んでいるイギリスの英国王立動物虐待防止協会では、飼い主のいない動物の保護活動だけでなく、動物虐待に関する通報を受けて調査を行っています。
さらに、起訴や告発に関わることで、アニマルウェルフェア法の運用や執行する役割までも担っているというのです。
それもそのはず、この英国王立動物虐待防止協会は、アニマルウェルフェア法を成立させた立役者です。
このように、民間の団体が行動することによって、世の中はより良く変化していきました。
(参考:アニマルウェルフェア先進国「英国」と、求められる日本の対応 | 地域・分析レポート – 海外ビジネス情報 – ジェトロ)
④消費者の経済的理由・日本の貧困
かつては経済大国であり、裕福な国として世界から認められていた日本も、近年では貧困の国と呼ばれるようになってしまいました。
2018年での調査では、日本の家庭の6分の1が貧困家庭だという結果があります。
ここでいう貧困家庭とは、娯楽や贅沢ができない、ギリギリの生活を送っている家庭、ということです。
(参考:増加する日本の貧困家庭 取り巻く現状や背景も解説 | ELEMINIST(エレミニスト))
そんな中、価格の高いアニマルウェルフェアに配慮した畜産物を購入することは、容易なことではないでしょう。
先日、私用である道の駅に足を運んだ際に、放し飼いの鶏卵12個入りのものを1200円で販売しているのを見かけました。
放し飼いではなく平飼いのものでは、6個入りが320円ほどです。
これは、日本のスーパーに置かれている平均的な値段の卵よりも、数倍高い値段です。
自分に余裕がないと他者に対しても優しく接することが難しいように、金銭的に余裕がないと消費活動をするうえではどうしても価格の安いものを手に取ってしまいます。
アニマルウェルフェアに配慮したものがいいとどんなに分かっていたとしても、なかなか手を出すことが出来ないということが現実的に感じられた出来事でした。
⑤外国に輸出する必要がないため外国からのニーズに答える必要がない
日本は海に囲まれた島国です。
日本で生産されたものは陸路で輸出できないため、特に新鮮さが重視される畜産物は海外へ輸出するよりも国内で消費することが多く、国内での評価のみに答えてきました。
そのような背景から、現在まで生産者は積極的に変化する必要を感じず、日本人が求める低価格な商品を作り続けてきました。
世界的な大手企業であるマクドナルドやスターバックス、サブウェイなどは、アニマルウェルフェアに配慮した畜産物を使用すると公言していますが、そういった大手企業の日本支社ではそのような声明は出していないか、抽象的な目標に留まります。
企業からすると、アニマルウェルフェアに配慮した畜産物の使用を求める声が出ないのならば、価格の安い原材料を使用することは当然のことだろうと思います。
そんな雰囲気のある日本に、転機が訪れたかのように感じられた出来事がありました。
それは、2021年に開催された東京オリンピックです。
2012年のロンドンオリンピック、2016年のリオオリンピックではケージフリーの採卵鶏や、妊娠ストールを用いていない豚肉が使用されてきました。
世界的にはアニマルウェルフェアに配慮した畜産物を使用することがスタンダードになりつつあることに加え、栄養面が優れていることもあり、アスリートたちから求める声も多かったのです。
そんな中、東京オリンピックでもこの風潮に答えねばならないと思われたものの、結果的に使用されたのはバタリーケージで飼養された鶏から採卵された卵や、およそアニマルウェルフェアに配慮しているとは言えない動物たちから出来た畜産物でした。
この衝撃的な事実に、非難の声が上がっています。
今後開催が決定している2024年のパリオリンピックや、2028年のロサンゼルスオリンピックでも、選手の食べ物はケージ飼いの卵などは禁止となる見通しです。
東京五輪の負のレガシー?「アニマルウェルフェア」への配慮が足りない
⑥アニマルウェルフェアに対する無関心
消費者側の視点からしても、アニマルウェルフェアが広まらない原因はあります。
それは、自分がいつも消費している肉や卵がどういう過程で生産されたものなのかを考えることがない、ということです。
自発的に考えることもないし、さらに知る機会も少ないのです。
ただ、近年ではSNSなどでアニマルウェルフェアの改善を訴える投稿が多く見られるようになっているため、特に10〜30代までの年代ではアニマルウェルフェアという言葉に関する認知度は上がってきているようです。
しかし、SNSやインターネットを使用することが少ない40代以上については、アニマルウェルフェアへの認知度は以前低いままです。
これは、テレビなどのマスメディアがアニマルウェルフェアに言及していないことが原因の一つと考えられます。
NPO法人アニマルライツセンターが行った調査では、アニマルウェルフェアの認知度は2016年の13.3%から改善され、2024年では約25%となっています。
(参考:アニマルウェルフェアの認知度、25%へ:認知度調査2024)
しかし、その言葉自体は知っているけれども、その言葉の意味するところや現状を知っている人、さらに実際に購買運動などで活動を起こしている人となれば、いかほどの数になるでしょうか。
海外では、その商品がどの程度アニマルウェルフェアに配慮したものであるかが一目で理解できるような認証マークが普及しています。
例えば、オランダではベターレーベン認証システムという、オランダ動物保護協会(NGO)による認証マークがあります。また、先述しましたが、イギリスの英国動物虐待防止委員会でもRSPCA認証という認証マークを発行しています。
一方の日本では、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会が酪農家や乳製品に対しての認証システムを2016年から導入し始めました。
こちらは現在乳牛が主な対象となっており、肉牛や豚、鶏などに対して一定の評価基準となる一般に認められた認証マークはありません。
日本でアニマルウェルフェアを推し進めていくには
一個人がアニマルウェルフェアに配慮した商品を選ぶ、というのももちろん大切ですが、まず、消費者側がその商品を積極的に選ぶことができるような体制づくりを行わなければなりません。
そのためには、日本でもアニマルウェルフェアに配慮して生産された商品であるとひと目で分かるような認証マークを積極的に取り入れていくことが大切だと思います。
それを該当の畜産物のパッケージに貼り付ければ、一定の信頼度が得られた商品なのだということがすぐに分かります。
視覚から情報を訴えかけることはとても有効的なため、アニマルウェルフェア畜産協会が行っているような認証システムの対象物を広げていくことによって、消費者への認知度は急速に広まって行くのではないでしょうか。
そうして世論を動かしていくことによって行政が動き、補助金の捻出や法整備に繋がって行くのではないかなと思います。
また、アニマルウェルフェア遵生産者への補助金に関して、今回は1家畜単位あたり65,000円で計算をしましたが、実際の給付はもっと少額からでもいいのです。
国民が補助金の実現はないだろうと諦めていては、国家の態度も変わらないと思います。
まとめ
アニマルウェルフェアに配慮した商品は、海外ではhumanely grown meat(人道的に飼育された肉)などと表記されることがあります。
人間は他の生き物に対して配慮をすることができる生き物です。
人間に利用するためだけに生かされ、効率のみ重視した飼育方法で食肉に供するということは、全く人道的とは言えません。
しかも、劣悪な環境下で育てられたうえ、屠殺されたあとの畜産物はその多くが廃棄されてしまっています。
令和3年度では523万トンもの食品ロスが生まれています。
(参考:最新の食品ロス量は523万トン、事業系では279万トンに)
これは、ただ生きているというだけの理由で虐待され、さらになんの意味もなく殺されているのと同じです。
いち消費者である我々にできることは、こういった知識を自ら得ていくことはもちろんのこと、やはり日々の買い物からアニマルウェルフェアに配慮した商品を選んでいくということが一番なのでしょう。
アニマルウェルフェアに配慮した商品が高いのではなく、現在売られている商品が不当に安いのです。
買い物は投票だ、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
物を買うことは、その販売者や生産者を応援することになります。
そうして企業が拡大して行くと商品の認知度も上がり、世界と対峙できるほどのグローバル企業へと成長させることとなるのだと思います。
日本の貧困化は深刻なものですが、アニマルウェルフェアに配慮した商品を選ぶことは、決して浪費ではないのです。
私自身も、自分のできることから始めていこうと思います。