皆さんは、シャチにどのようなイメージをお持ちでしょうか。
キラーホエールと呼ばれるシャチは、海ではクジラや大型のサメをものともせず狩ってしまう強者です。
また、シャチは家族単位で群れを成して生活を営みます。
群れで生活することで狩りの成功率が高まるのはもちろんですが、シャチは知能が高く、狩りの仕方や海での生活を代々子孫に教え、それが引き継がれていることもわかっています。
賢くて強いシャチですが、日本をはじめとして世界中のいくつかの水族館で飼育されている海獣の一種です。
日本では、シャチは鴨川シーワールド、名古屋港水族館、そして2024年6月にリニューアルオープンした神戸須磨シーワールドで飼育されています。
シャチの飼育環境について、「かわいそう」という声が多数あがっています。
今回は、鴨川シーワールドをはじめとする水族館のシャチが「かわいそう」と考えられている理由を探り、これからの水族館のあり方を一緒に考えていきましょう。
鴨川シーワールドとシャチ
鴨川シーワールドは、千葉県鴨川市にある1970年に開業した水族館です。
グランビスタ&リゾートが経営しています。
イルカやアシカといった海獣の展示に力を入れており、シャチをはじめとした海獣のパフォーマンスショーも人気です。
鴨川シーワールドとシャチの関わり
鴨川シーワールドのシャチは、1970年のオープンの際に、アメリカのシアトルから「ジャンボ」と「チャッピー」の2頭が搬入され、飼育とショーがスタートしました。
その後、新たに「マギー」を迎え、シャチの繁殖に挑戦しますが、なかなかうまくいきません。
1997年にマギーは流産し、死亡してしまいます。
翌1998年には「ステラ」が出産し、国内の水族館で初めてシャチの赤ちゃんが無事に誕生しました。
現在日本にいる7頭のシャチは、すべてステラと血がつながっています。
- 母ステラ (1985年にアイスランドにて捕獲され、水族館へ)
- 第一子ラビ―(1998年生まれ)
- 第二子ララ(2001年生まれ)
- 第三子サラ(2003年生まれ、2006年死亡)
- 第四子ラン(2006年生まれ)
- 第五子リン(2012年生まれ)
- ラビ―の第一子アース(2008年生まれ)
- ラビ―の第二子ルーナ(2012年生まれ)
ステラの移動
1988年に鴨川シーワールドにやってきたステラは、成長してそこで4頭の子どもを出産します。
ステラは、2011年に名古屋港水族館への移動が決まりました。
当時ステラは妊娠していたのですが、数ヶ月違いでステラの長女「ラビ―」も妊娠していたのです。
鴨川シーワールドでは2頭ともを安全に出産させることができる環境ではなかったため、ステラは夫のビンゴと四女のランと一緒に、名古屋港水族館へ移動します。
移動といっても、当初は5年間の飼育業務委託という形でした。
名古屋港水族館で、ステラは第5子となる「リン」を出産しますが、2014年には長年連れ添ったビンゴが亡くなってしまいます。
その後ステラは、一度5年間の賃貸借契約書が更新されたのち、その後もう一度、今度は一年間の契約を更新したのち、2024年3月に須磨シーワールドへと輸送されました。
ステラは、その生涯で三回、国内の水族館を移動しているのです。
ランの移動
ステラの四女「ラン」も、複数回の移動を経験しています。
2006年に鴨川シーワールドで生まれたランは、2011年にステラ夫婦についてくる形で名古屋港水族館に移動しましたが、その後2015年に、鴨川シーワールドへと帰還しています。
このときは、鴨川シーワールドで暮らすラビ―の第一子「アース」と交換という形での移動でした。
鴨川シーワールドに戻ってからは、ラビ―の第二子「ルーナ」とよく遊んでいる様子が観察され、シャチショーでも切れのある動きと少しおとぼけた様子で人気を博します。
しかし、2024年4月24日、ランは三度目の移動が実施されました。
移動先は、同年6月オープンの神戸須磨シーワールドです。
この移動に関して、運営者サイドからの発表はありませんでした。
一度離れ離れになったステラとランですが、須磨シーワールドで再会し、オープン時には元気に息の合ったパフォーマンスを見せてくれています。
鴨川シーワールドのシャチがなぜかわいそうといわれているのか
鴨川シーワールドのシャチがかわいそう、という声が見受けられますが、これには「人間の都合」と「シャチの生態」の二つの面からの理由によるものです。
それぞれの理由を探っていきたいと思います。
その前に、シャチの特徴についておさえておきましょう。
シャチの身体的特徴
まずは、シャチの基本的な特徴についてお話しします。
シャチは大型の海獣で、雄は体長7~8m、雌で6m前後で、生まれたときにはすでに2mを超えています。
シャチの平均的な体重は、雄で3600~5450㎏、雌で1350~3650㎏です。
最高速度は時速80㎞を超すともいわれており、陸上ではヌーやライオンの最高速度がこれにあたります。
一日の移動距離は100㎞を超えることもあります。
筋肉質の大きな身体を保つためには、食事を求めて広く移動する必要があるのです。
また、シャチは知能が高く、狩りをするときには仲間で協力し合い、陣形を作ったり波を利用したりして獲物を狩ることもわかっています。
参考:ocean+α
シャチの生態とは
次に、シャチの生態についてお話しします。
シャチは、群れによって定住型と回遊型にわけられます。
定住型はおもに魚類を食べ、回遊型は海獣類を狩って食するのが特徴です。
シャチは、ポッドと呼ばれる群れを作って、5~30頭、ときには100頭以上もの群れで集まり生活します。
シャチのポッドの特徴は、母系集団であることです。
狩りや移動の指示を母親が出し、さらに生きていくためのさまざまなすべを教えていきます。
ポッドの中で教育することで、狩りの仕方が代々受け継がれていくのです。
また、ポッドごとにシャチの言語が少しずつ異なることもわかっています。
シャチは、家族愛が強い生き物です。
シャチの寿命は自然下では50~60年といわれており、雌は40歳ごろに閉経します。
ポッドの長を務めていた母親が閉経を機にその地位を譲るかと思われますが、そうではありません。
先頭に立って狩りをし、子どもたちに食事を分け与えるのです。
そして、特に定住型では、子どもたちは大人になるとポッドを離れるのではなく、生涯そのポッドに属して暮らします。
回遊型の場合、雄のシャチが母親のポッドを離れ、別のポッドに合流して暮らすことがわかっています。
参考:zukan|シャチ
鴨川シーワールドのシャチがかわいそうと言われることが多い理由
鴨川シーワールドのシャチがかわいそうといわれる理由を探っていきましょう。
狭い水族館で暮らすことがかわいそう
広い海洋をすみかとする身体の大きなシャチにとって、水族館のプールは狭すぎるというのが、はじめにあげられる理由です。
水族館のプールはシャチにとって狭すぎるという裏付けは、シャチの背びれからわかります。
シャチの背びれは、雌は鎌形ですが、雄はまっすぐに伸びる大きな二等辺三角形の形をしています。
広い海洋の波を受けて泳ぐ野生のシャチの背びれはまっすぐに伸び、シャチが長距離を泳ぐためのバランスをとっているのです。
しかし、水族館のシャチの背びれは水の抵抗が少なく、また運動量の少なさから背びれをまっすぐに保つ筋肉が衰えるため、次第に曲がっていきます。
ストレスが原因との声もありますが、大きな要因は水の抵抗と筋肉の衰えと考えられます。
特に雄の大きな背びれは水族館のプールではその形を保つことができず、先端は下向きに折れ曲がってしまうのです。
また、広い海で暮らしていると、さまざまな刺激に出会います。
シャチは賢い生き物なので、海ではウミガメを追いかけたり、人が操る船に近寄ってみたりと、好奇心旺盛な姿をみることが可能です。
しかし、水族館のプールでは圧倒的に刺激が少なく、狭いプールの中をぐるぐる回るしかできないということも、かわいそうという理由にあげられるのです。
パフォーマンスやトレーニングを強いられていることがかわいそう
水族館で暮らすシャチは、イルカやアザラシといったほかの海獣同様、パフォーマンスをして観客を楽しませてくれます。
しかし、そういったパフォーマンスやそのためのトレーニング自体が強制的で、シャチにとってかわいそうという声もあります。
家族と引き離されることがかわいそう
シャチは家族の絆がとても強い生き物だということを先ほど述べさせていただきました。
水族館で暮らすシャチは、元をたどればどこかの海で捕らえられて連れてこられたシャチです。
つまりは、所属していたポッドから強制的に引き離され、たった一人で狭いプールに「閉じ込められる」ことになります。
シャチにとって、どれほどのストレスになるでしょうか。
また、水族館に到着したあとも、今回のステラやランのように、水族館を移動する場合も考えられます。
長距離移動による身体的・精神的負担は言うまでもありませんが、ステラもランも、それまで暮らしていた家族と強制的に引き離されました。
それは、水族館に残ったシャチにもいえます。
人間の娯楽やお金儲けの都合でシャチを移動させることに、大きな疑問が残ります。
皆さんは、どのように考えられますか?
過去に起きたシャチの事故
ここで、カナダとアメリカの水族館で実際に起きたシャチによる事故をご紹介します。
「ティクリム」という雄のシャチは、カナダの太平洋シーランドでほかの2頭のシャチとともに飼育されていました。
しかし、1991年、調教師のアルバイトの女性を3頭でプールに引きずり込み、溺死させるという事故をおこします。
その後、ティクリムはアメリカのシーワールドへと移動し、今度はそこで第二の事故が起こりました。
1999年、水族館閉館後に無断でシャチのプールに侵入した男性が、翌朝ティクリムの背の上で、亡くなった状態で発見されたのです。
男性の死因は溺死でしたが、全身の打撲と裂傷が認められました。
さらに2010年、同じくシーワールドで、トレーナーの女性がティクリムにプールの中に引きずり込まれる事故が、またしても発生します。
救助は困難を要し、トレーナーの女性は溺れたことと外傷が原因で亡くなりました。
これらの事故の原因がティクリムの気質によるものなのか、抑圧されたストレスによるものなのかはわかりません。
しかし、これを機に、シャチの飼育環境について疑問を感じる人が出てきたのも事実です。
鴨川シーワールドのシャチが注目を集めている背景
今回の神戸須磨シーワールドへのシャチの移動とオープンをきっかけとして、水族館でのシャチの飼育のあり方について注目が集まったのは間違いありません。
鴨川シーワールドのシャチの飼育は、シャチの生態の解明と人間との絆を明らかにすることに大きく貢献した事実があります。
詳しくみていきましょう。
シャチの研究に貢献
広い海洋で暮らすシャチの生態には、まだまだ多くの謎があります。
実際に海洋で暮らすシャチを追いかけてその生態を解明することもできますが、水族館での飼育を通して、多くのことを知ることができているのも事実です。
シャチの子育ての様子は、最たる例といえます。
鴨川シーワールドは、日本で初めてシャチの繁殖に成功した水族館です。
これによって、シャチの妊娠から出産までの様子を知ることができました。
また、お母さんシャチが子どもとどのように関わっているのか、また子どもはどのように成長していくのか、これはつきっきりで観察しなければわからないことが多くあります。
シャチの親子・家族の絆を知るために、水族館が貢献した部分はとても大きいのです。
家族で暮らすシャチと、トレーナーとの絆
鴨川シーワールドのシャチが人気である理由には、シャチ家族が仲良く暮らしている愛らしさと、ダイナミックなパフォーマンスショーがあげられます。
同じくシャチの飼育をしていた名古屋港水族館では、シャチのトレーニングを見ることはできましたが、パフォーマンスショーではありませんでした。
シャチのパフォーマンスは、家族3頭が揃ってジャンプや観客への水かけをすることに加え、トレーナーがシャチのプールに入り、一緒にパフォーマンスをするのが特徴です。
シャチの背に乗って一緒に泳いだり、並んで踊ったり、豪快なジャンプを見せてくれ、信頼関係がある証といえるでしょう。
シャチと一緒に泳ぐことは、必ずしも安全とは言い切れません。
シャチにも気分が乗らないときはもちろんあり、トレーニングやパフォーマンスに参加しないこともあれば、途中で遊びに夢中になり止めてしまうこともあります。
そのようなときは、一歩間違えればトレーナーがシャチの動きに押されて事故に巻き込まれる危険もあるのです。
鴨川シーワールドでは、シャチが指示に従わなくなったときには速やかにトレーナーがプールから上がり、シャチの様子を見守ることで、大きな事故がなく過ごせています。
トレーナーたちはお互いに声を掛け合い、シャチの動きに気を配りながらトレーニングやショーに臨んでいるのです。
そして、シャチたちもトレーナーの愛情を受け、トレーナーに絶大な信頼を寄せていることが日ごろのトレーニングやパフォーマンスの様子からわかります。
トレーニングが始まる前にはシャチたちは自らトレーナーのもとへと集まっていき、トレーニングが終わっても、じゃれ合ったりエサをねだる様子が見られるのです。
また、トレーニング中にトレーナーが落水することがあれば、シャチは素早くトレーナーを迎えに行きます。
ほかのシャチと接触しそうになったときにはシャチが間に入り、トレーナーがケガをしないようにかばう様子が観察されています。
トレーナーが急に倒れるようなそぶりを見せれば、慌てて駆け寄り覗き込むしぐさも見せるのです。
シャチとトレーナーが信頼関係を築いて、本当に楽しそうにみせてくれるダイナミックなショーに、ひきつけられない人はいないのではないでしょうか。
これからのシャチとの共存
今回新たな水族館のオープンによって、それまで2つの水族館で平穏に暮らしていたシャチたち家族を引き裂いてしまった事実に変わりはありません。
「ステラ」も「ラン」も、生涯の間で何度も人間の都合で水族館を移動させられています。
ステラが3月に水族館に移動した翌日には、悲痛に響く大きな泣き声が水族館の外で聞かれました。
ランが移動した翌日には、鴨川シーワールドのシャチたちを束ねるラビ―が下顎に大けがをしているのがみつかっています。
原因は明らかにされていませんが、ランの移動が関わってることは間違いないでしょう。
これ以上、むげにシャチの家族を引き離すことがないことを願ってやみません。
また、水族館でシャチを飼育すること自体を反対される方もいますが、だからといって、今国内で飼育されているシャチは、ステラを除き水族館生まれです。
広い海洋を知らず、狩りの仕方も知らず、頼れる仲間もいません。
彼らは、水族館で仲良く穏やかに暮らすことが幸せといえるのではないでしょうか。
シャチをかわいそうにするかしないかは、人間の手にかかっています。
国際的にも、シャチをはじめとする海洋に住む動物の、水族館での飼育のあり方が問われる時代へと変化しました。
アメリカのシーワールドは、水族館でのシャチの繁殖を今後中止することを決定しています。
自分たちの利益を追求するばかりでなく、シャチたちに愛情を持って共存できるよう、関わる人間全員で見守っていきましょう。