ジビエとは、野生の鳥獣の食肉を意味するフランス語です。
日本では、イノシシやシカ、クマの肉などが流通しています。
近年、ジビエが注目を集めるようになってきました。
栄養価が高くヘルシーな食材であることから、食肉販売量は増えています。
2016年から2022年までの間に、食肉処理施設が販売するジビエ肉の量は約2倍近くまで増加しています。
日本におけるジビエの有用性は、食肉を得るためだけではありません。
近年里山を中心に問題となっていることの一つに、野生動物の数が増えすぎて生態系やの林業に悪影響をおよぼしていることがあげられます。
狩猟によって得たジビエを普及させることは、自然環境を守ることにもつながるのです。
今回は、日本のジビエと自然環境の実態を追うことで、人を含めた生態系のあり方を見直していきましょう。
参照:農林水産省|野生鳥獣資源利用実態調査
おいしく食べて自然環境も守る!日本の狩猟とジビエの特徴
ジビエとは、狩猟によって得た野生動物の肉を食べることです。
イノシシやシカ、クマ、キジなどの動物が、ジビエ肉として流通しています。
日本では、ジビエが広く一般の人々に注目され始めてから、まだそれほど年月が経っていません。
しかし、ヨーロッパではジビエ肉を使用した料理が確立されています。
日本との違いはどこにあるのでしょうか。
ヨーロッパのジビエの歴史
もともと、ヨーロッパでは狩猟は貴族のたしなみであり、上流貴族は自分の領地で取れた野生動物の肉を貴重な食材として料理に使用していました。
本場のフランス料理には、シカだけでなくウサギやカモなどのジビエ肉がメイン料理として欠かせません。
ノーベル賞受賞者の晩さん会では、シカ肉がメインディッシュとして使用されています。
ヨーロッパでは高級食材として、ジビエは地位を確立しているのです。
そして、もともと貴族の伝統料理だったジビエはやがて庶民へと広まり、ヨーロッパで広く愛される食材の一つとなりました。
狩猟は今なおヨーロッパでは多くの人が楽しむ趣味として続いており、ヨーロッパ全体で700万人以上のハンターがいます。
参照:Hunting in Europe
日本のジビエの歴史
日本の食肉の歴史は一本ではなく、途中で途切れていることをご存じでしょうか。
かつて、6世紀ごろに仏教が伝来するまでは、日本でも狩猟によって動物の肉を食べることは一般的であったと考えられています。
しかし、仏教が伝来すると殺生禁断の考えが広まり、そこに日本の神道における「血=穢れ」の考えが結び付き、肉食が避けられるようになりました。
農村部などでは、こっそりと狩猟によって得た肉を食べていたようです。
ただし、日常的な食材としてではなく、肉の高い栄養価から「薬食」として認識されていました。
イノシシ=ボタン(牡丹)・山クジラ、シカ=モミジ(紅葉)などの通称は、その名残といえます。
日本において肉食が広まったのは、明治時代に入ってからだといわれています。
そして、日本の畜産業が本格的に発展したのは、第二次世界大戦後からです。
食糧難にあえいでいた時代、狩猟によって肉を得るよりも、安定した生産量を確保できる畜産業が発展するのは想像に難くありません。
時代の流れに沿って食に余裕が出てきた現代だからこそ、ようやくジビエが注目されたといってよいでしょう。
日本でジビエが注目される背景
ジビエが注目されるようになったのは、ジビエのおいしさよりも、野生動物による鳥獣被害が問題になったことに始まります。
かつては、農村部では人が里山を管理しながら生活をしていました。
林業や農業によって、野生動物の数のバランスもとれていたのです。
しかし、工業化や都市化が進んで農村部に人が少なくなると、野生動物は少しずつ数を増やしていきます。
森の中で食べられるものが少なくなると、野生動物は食べものを求めて山を下り、田畑を荒らしたり、場合によっては人に危害を加えることもあります。
野生動物による鳥獣被害を防ぐには、野生動物の数を減らし、管理する必要があります。
近年における日本のジビエの普及の原点は、「野生動物の駆除」だったのです。
野生動物の数を調整して環境を保護
環境省の調査では、1978年から2018年までの40年間で、ニホンジカの分布域は約2.7倍に、イノシシの分布域も約1.9倍に広がっていることがわかりました。
野生動物による農作物被害の量も甚大で、2010年には239億円、2012年には230億円もの鳥獣被害が出ています。
2013年に捕獲強化対策を講じてからは、少しずつ農作物被害は減少しています。
しかし、2022年においても被害額は155億円と甚大です。
政府は、2013年に413万頭だったシカやイノシシの生息頭数を、10年間で半減することを目標に野生鳥獣の捕獲を推進しています。
参照:農林水産省|野生鳥獣資源利用実態調査
参照:農林水産省|野生鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況
野生動物が増えることによって起こる獣害
野生動物が増えることによって起こる鳥獣被害はさまざまですが、人間にとって重要なのは農作物の被害です。
イノシシやシカによる農作物の被害額は年間200億円弱にもなります。
シカやイノシシが増えることで、実際にどのような被害が出るのでしょうか。
実例をみていきましょう。
イノシシの場合
イノシシによる農作物の被害は、野生動物による被害の28.3%を占めています。
イノシシは、農作物を食べてしまうだけでなく、畑や田んぼに侵入して、農地を踏み荒らしてしまいます。
農作物の被害は、野菜や果物だけでなく、稲など、ほとんどすべての農作物におよぶことが特徴です。
ゴマやトウガラシなどの一部の野菜を除き、何でも食べてしまいます。
また、その大きな体で耕作地を踏み荒らし、芋などの根菜は鼻で器用に土を掘って食べてしまうのです。
参照:農林水産省|いま各地で起きている鳥獣被害を考える
シカの場合
シカによる農作物の被害は、全体の35.0%と全体の3分の1を占めますが、それよりも森林被害が大きな割合を占めています。
農林被害面積の73%がシカによる食害です。
草食動物であるシカは、下草や木の葉だけでなく、木の樹皮まで食べてしまいます。
樹皮は、文字通り木にとっての皮膚で、外界とのバリアーです。
樹皮を食べられた木は栄養を失って、生育が遅れます。
損傷の度合いが大きいと、枯れてしまう可能性もあります。
また、シカが下草や低木を食べてしまうことで、土壌浸食が進む可能性も示唆されているのです。
参照:農林水産省|いま各地で起きている鳥獣被害を考える
鳥獣被害を防ぐために行われている対策
農林水産省によって、鳥獣被害を防ぐための三本柱が立てられました。
- 個体群管理(捕獲)
- 侵入防止管理(防護柵の設置など)
- 生育環境管理(放任果樹の伐採、緩衝地帯の整備など)
地域ぐるみでこれらの対策に取り組むことで、鳥獣被害は少しずつ減少しています。
適切な個体数が維持されることによる効果
イノシシやシカは、適切な個体数が維持されれば害獣にはなりません。
イノシシやシカが山林を移動することで下草が取り払われ、適度に光を取り込むことができるようになり、樹木の生育を助けます。
シカが樹皮を食べることで弱い木が倒れ、森の栄養になります。
イノシシが地面を掘り起こしてエサを採ることで、地面が耕され、土の中の循環が起こるのです。
さらに、これらの動物が食べた食物に含まれる種がフンに混ざって広がることで、草木の新たな芽生えとなります。
イノシシやシカの特性は、本来であれば山林の発展にとっては欠かせないものなのです。
里山は狩猟も含めて生態系が成り立っている
日本において、里山は人間の活動と自然とを結ぶ重要な地域です。
里山は多様な自然環境によって成り立っています。
日本では、長きにわたり里山の環境をうまく利用しながら人間と自然が共存してきました。
日本において、里山は国土の約4割を占めるといわれています。
里山は、人間の生活を豊かにしてくれるだけでなく、さまざまな動植物の生息・生育場所となり、日本列島の豊かな自然を維持してくれています。
森が豊かになって、動物たちの数が適切に保たれると、エサを求めて人里に下りてくること少なくなるでしょう。
里山の多様な生態系を維持するために、地域全体で保全に取り組んでいくことが求められています。
ハンターによる狩猟は、適切な生態系を保つために欠かせない活動の一つです。
狩猟は、獲物を得ることで野生動物の個体数を適切に保つだけでなく、捕らえた獲物を余すことなく利用することで、感謝の念を育みます。
畜産によって提供される肉は、なかなか生前の姿をイメージしにくいものです。
しかし、狩猟によって得た獲物を捌いて食べることで、食の大切さを実感することにつながります。
狩猟によって得られる体験は、この先、教育の場で取り入れられることも重要です。
日本のジビエの問題点
日本におけるジビエの問題として、増えすぎた野生動物を捕獲したあと、どのように活用するかがあげられます。
ジビエが生活の中に溶け込んでいるヨーロッパでは、捕獲された野生動物はほとんどすべてが有効利用され、そのシステムも確立されているといいます。
しかし、日本においてはそのシステムはまだ発展途上です。
ジビエの有効活用にどのような問題があるのかをみていきましょう。
廃棄率の高さ
ジビエの普及において大きな問題となっているのが、廃棄率の高さです。
2024年の環境省による報告では、捕獲頭数に占めるイノシシやシカの利用率は約14%でした。
じつに85%以上の野生動物が、捕獲されたものの利用されずそのまま廃棄されています。
日本では、ジビエは大きなビジネスとして成功しにくい傾向があり、国内でジビエを扱っている業者や施設も、個人や小規模で行っているところがほとんどです。
なぜ、日本ではジビエ肉の普及率が低いのでしょうか。
それは、次に紹介する食品衛生管理と安定供給の難しさが関係しています。
参照:農林水産省|野生鳥獣資源利用実態調査(2023年)
食品衛生基準のクリア
ジビエ肉は、気軽にスーパーで購入できる牛肉や豚肉・鶏肉と大きな違いがあります。
それは、それら畜産肉が衛生管理が徹底された農場で飼育・生産されるのに対して、ジビエ肉は衛生管理がされていない天然資源であることです。
そのため、市場に提供するには厳しい食品衛生管理基準をクリアしなければなりません。
①都道府県ごとに定められた基準に適合する食肉処理業の許可を受けること
②食肉処理にあたり、厚生労働省が定めて基準に加え、都道府県ごとの基準をクリアすること
また、これらの基準をクリアできても、市場に受け入れられる価格を維持するという新たな壁が登場します。
野生動物を肉として加工するにあたり、家畜のと畜場を利用することができないため、新たに施設を建設する必要があります。
また、ジビエの特性として、野生動物の数が多ければ狭い面積で捕獲量が増え、移動させるコストが少なくなりますが、数が減少するほど、捕獲・移動にコストが掛かるのです。
安定した供給の難しさ
ジビエは野生動物の肉であるため、どうしても供給量にばらつきが出ます。
捕獲された場合でも、搬出に時間がかかる場合には肉質が落ちるため、その場で処分されることもあるのです。
また、狩猟を行うハンターの減少・高齢化も問題となっています。
ジビエはおいしくない?
ジビエは天然資源であるため、均等な肉質を確保することが難しい食材です。
野生動物は、季節によってエサが変わります。
また、捕獲時に野生動物の性別や年齢を選ぶこともできません。
捕獲時のストレス、血抜きの方法や処理までにかかった時間などによっても、肉質は変化します。
ジビエは独特の風味はありますが、適切に処理された場合には、くさみを感じることはほとんどないでしょう。
くさみを感じる場合は、血抜きの処理が適切でない場合や、痛んでいる可能性も否定できません。
肉質の安定供給も、ジビエの普及における一つの課題です。
ジビエは高級食材!
ジビエは希少なだけでなく、栄養価が高く身体に良い素材として定評があります。
- イノシシ肉
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煮込むほどやわらかくなり、味に深みが増します。
ビタミンB群が豊富な素材です。
- シカ肉
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高たんぱく低カロリーといえばシカ肉です。
鉄分を多く含み、やわらかくてさっぱりとした味で、和洋問わずさまざまな料理に活用できます。
- クマ肉
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コラーゲンが豊富で、美容に良い素材です。
ほかのジビエと比べるとくさみが出やすいとされています。
ジビエを調理する際の注意
ジビエを家庭で調理する場合には、必ず十分に加熱しましょう。
寄生虫や病原体ウイルスを保有している可能性があります。
決して、生で食べてはいけません。
ペットフードとしても普及
ジビエは加工品として、ペットフードにも多く活用されています。
ジビエは人間だけでなくペットにとっても、栄養価が高くヘルシーな食材です。
ジビエ肉のおよそ3割が、ペットフードに加工されています。
参照:農林水産省|野生鳥獣資源利用実態調査(2023年)
ジビエはどこで食べられる?
ジビエ料理を食べてみたいけれど、どこで食べられるのかわからないという方も多いのではないでしょうか。
そのような方は、ジビエポータルサイト「ジビエト」で、ジビエ料理を提供しているお店を検索することが可能です。
地域だけでなく、シカやイノシシといったジビエ肉の種類からも検索することができます。
また、地域や企業が主催するジビエフェアなども、それぞれの地域で開催されています。
スタンプラリーといったイベントを開催している場所もあるため、ジビエを食べたことがないけれど挑戦してみたい方は、利用してみるとよいでしょう。
また、ジビエ肉を調理してみたいという方は、山や森が近くにある道の駅や農家の方が直接野菜などを搬入しているお店などで、ジビエ肉を購入することができます。
ジビエを通じて「いただきます」を再考する
生きている野生動物を狩るところからスタートするジビエは、私たちに命の大切さを改めて教えてくれる材料となります。
現代に生きる私たちの多くは、食べものを得る苦労を知らないことが多く、食卓に上る肉や魚を、当たり前のものとして食べている方が多いのではないでしょうか。
農業や畜産業、漁業といった一次産業の発展は、産業に携わらない消費者としての私たちに、食べものを得るありがたみを忘れさせてしまいがちです。
ジビエを通して、すべての命はバランスの上で成り立ち、循環しているものであるという認識を改めて感じたいものです。
日本ではジビエの普及はヨーロッパと比較して年月が浅く、一般的に広まるにはまだまだ多くの時間と課題解決が欠かせません。
それらを少しずつ解消して、食のありがたみを感じながら、循環可能な生態系の確保をめざしましょう。