日本には動物に関連する仕事がいくつも存在します。
そのなかでも、愛玩動物看護師と呼ばれる職業をご存知でしょうか。
動物の看護師は今まで日の目を見ることが少なかったのですが、近年国家資格化されたことで話題になっています。
今回はそんな愛玩動物看護師の仕事について、また、愛玩動物看護師資格を取得するとどのようなことができるのかということについてご紹介したいと思います。
愛玩動物看護師とは
動物病院で働いているのは獣医師だけだと思っている方もいると思いますが、動物の病院にも看護師がいます。
人間の医療と同様に、動物に対しても高度な治療が求められるようになった現代において、獣医師と動物看護師、受付など異なった業務を担当する人が集まって、チーム医療を行うことが一般的になっています。
動物看護師は専門的な知識を備えていることに加え、飼い主に対しては分かりやすい言葉で伝えるなど、獣医師と飼い主との架け橋となる存在だと表現されます。
しかしこの動物の看護師は、ほんの数年前まで民間の団体から発行された資格しか存在せず、公的に認められた職業ではありませんでした。
動物看護師が行う業務も明確には規定されておらず、いわば宙ぶらりんな職業だったのです。
しかし、愛玩動物看護師法が成立したことでその業務の範囲が明確に言及され、”愛玩動物看護師”は国に認められた公的な職業となりました。
また、国家資格化による社会的な地位の向上によって、動物病院以外の場所で行う活動にも注目が集まっています。
※愛玩動物看護師と呼称する場合は国家資格取得者を指しますが、動物の看護師や動物看護師と呼称する場合は必ずしも国家資格所得者を指す訳ではないという点にご留意ください。
愛玩動物看護師法によって目的や定義が定められている
愛玩動物看護師という国家資格が成立した背景には、愛玩動物看護師法の存在があります。
この愛玩動物看護師法は令和4年5月1日に施行にされ、愛玩動物看護師という存在の目的と定義を以下のように定めました。
(目的)
第一条 この法律は、愛玩動物看護師の資格を定めるとともに、その業務が適正に運用されるように規律し、もって愛玩動物に関する獣医療の普及及び向上並びに愛玩動物の適正な飼養に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「愛玩動物」とは、獣医師法(昭和二十四年法律第百八十六号)第十七条に規定する飼育動物のうち、犬、猫その他政令で定める動物をいう。
2 この法律において「愛玩動物看護師」とは、農林水産大臣及び環境大臣の免許を受けて、愛玩動物看護師の名称を用いて、診療の補助(愛玩動物に対する診療(獣医師法第十七条に規定する診療をいう。)の一環として行われる衛生上の危害を生ずるおそれが少ないと認められる行為であって、獣医師の指示の下に行われるものをいう。以下同じ。)及び疾病にかかり、又は負傷した愛玩動物の世話その他の愛玩動物の看護並びに愛玩動物を飼養する者その他の者に対するその愛護及び適正な飼養に係る助言その他の支援を業とする者をいう。
このように、愛玩動物看護師が働く目的を
- 愛玩動物に関する獣医療の普及及び向上
- 愛玩動物の適正な飼養に寄与する
とし、定義を
- 名称は愛玩動物看護師と定める
- 愛玩動物の診療の補助や看護、動物の愛護及び適正な飼養に係る助言やその他の支援を業とする者をいう
と定めました。
“愛玩動物”の対象となるのは?
さて、上記の愛玩動物看護師法で言及されている愛玩動物とはどの動物を指すのでしょうか。
ここで診療の対象となる愛玩動物は犬、猫、愛玩鳥(オウム科、カエデチョウ科、アトリ科)を指します。
犬猫についで愛玩鳥が愛玩動物の対象となることについて違和感を感じる方もいると思いますが、これは獣医師法を踏まえて愛玩動物看護師法の内容が決定されたことが理由です。
その理由の一つとして、1980 年代から90年代にかけて、人獣共通感染症であるオウム病が流行していたことを踏まえ、 公衆衛生の観点から獣医師による愛玩用の鳥の診療が必要とされたという背景があります。
また、獣医師法が成立した当時は鳥の飼育数が犬及び猫に次いで多く、飼い主からの需要が大きいことが第二の理由として挙げられます。
2024年現在では、うさぎやフェレット、ハムスターやその他のエキゾチックアニマルも飼育する人が増えています。
しかし、これらの動物に関しては獣医師法施行令に規定せずとも獣医師による診療が行われていて、また現時点で診療を獣医師に限定すべき公衆衛生上の観点等喫緊の課題は見られないため、現在のところは法の対象動物となっていない、とのことです。
ただし、愛玩動物の定義に含まれない動物についても診療の補助を除くその業務を行うことが可能です。
現在日本にいる愛玩動物看護師の人数
2024年7月現在までに、愛玩動物看護師試験は2回開催されました。
第一回の合格者は18481人、第二回の合格者は4666人でしたので、現時点では23147人の愛玩動物看護師が居るということになります。
第一回の試験では動物看護師として実際に働いていた現任者が多く受験したため、受験者数が多くなっています。
しかし第二回目では、現任者よりも大学や養成所で規定のカリキュラムを学び終え新しく受験資格を得た人がそのほとんどを占めたため、総受験者数は減少しました。
愛玩動物看護師資格ができるまで
近年やっとできた愛玩動物看護師資格ですが、動物病院で働く動物看護師は昭和中期から存在していました。
そして、昭和40年代後半から都市部を中心に任意組織の養成施設が順次出現し、専門的な教育を受けられるようになりました。
時代を経るにつれて動物看護師の需要は高まり、バラバラだった民間資格を統一しようという働きかけがあり、平成23年9月には動物看護師統一認定機構が設立されたのです。
こうして動物看護師の資格が統一化されたことは、国家資格化へ向けての布石でもありました。
そして令和元年(2019年)には念願であった愛玩動物看護師法が制定され、愛玩動物看護師が国家資格化されることとなったのです。
令和4年2022年には施行され、令和5年2023年に第一回愛玩動物看護師試験が実施されました。
このようにさまざまな経緯があり、愛玩動物看護師資格の成立となりました。
いくつもの民間の団体が発行する資格を日本国内でひとつの資格に統一すること、さらにその資格を国家資格化することは、動物の看護師として働く者の長年の願いだったのです。
一般社団法人動物看護師認定機構 設立関連団体
1)一般社団法人 日本動物看護職協会
2)公益社団法人 日本動物病院協会
3)NPO法人 日本動物衛生看護師協会
4)一般社団法人 日本小動物獣医師会
5)日本動物看護学会
6)全日本獣医師協同組合
7)一般社団法人 日本動物保健看護系大学協会
8)一般社団法人 全国動物教育協会
9)公益社団法人 日本獣医学会
10)公益社団法人 日本獣医師会
愛玩動物看護師資格で何ができる?
民間資格であった動物看護師から国家資格である愛玩動物看護師になったことによって、その業務の範囲も明確に指定されることとなりました。
従来の動物看護師は…
動物病院に勤務する動物看護師の業務としては、診察の補助や、手術の補助、入院動物の管理、検査など多くの業務を行います。
診療や手術などを円滑に行えるように器具の準備をするのも動物看護師の仕事です。
また、治療対象である動物の所有者はあくまで人間なので、飼い主に対しての栄養指導やしつけ指導なども動物看護師が行うことが多いです。
ほとんどの動物病院で行う業務
- 診察の補助
- 患者の保定
- 検査
- 手術の補助
- 入院動物の看護
- 飼い主への飼育指導 など
行わない場合もある業務業務
- 受付
- 会計 など
獣医師は動物の治療方針を決定し、侵襲性の高い検査や手術を担当しますが、動物看護師は獣医師やその他スタッフと連携してその他の殆どの業務を行います。
愛玩動物看護師法が成立してからは…
従来の業務内容に加え、これまで獣医師だけに認められていた採血、投薬(経口など)、マイクロチップの挿入、カテーテルによる採尿など、診療行為の一部を獣医師の指示のもと行うことができるようになりました。
これらの行為を行うことができるのは、獣医師以外では愛玩動物看護師のみです。
新しくできるようになった業務(獣医師の指示のもと可能)
- 採血
- 投薬(経口など)
- マイクロチップ挿入
- カテーテルによる採尿 など
こういった業務の独占に加え、愛玩動物看護師がもつ知識や技術のレベルを向上させることによって、質の高いチーム医療の提供が実現されます。
私個人としては、マイクロチップの挿入ができるようになったということが、かなり重要な意味を持つと考えています。
令和4年6月1日に改正された動物の愛護および管理に関する法律にて、ブリーダーやペットショップで販売される犬及び猫へのマイクロチップの装着・登録などが義務化されたことに伴い、犬や猫の管理に関する動物病院の重要性は更に増しました。
この業務を愛玩動物看護師が行うことによって、業務の効率化を図りさらに普及を促進することが可能になると考えられます。
また、マイクロチップの挿入を行うのは必ずしも動物病院でなくてもいいと思います。
マイクロチップの挿入は基本的に無麻酔下で行い侵襲性も低いため、ペットショップや保健所など必要とされる場所に出向いて業務を行うと、現状がより改善されるのではないでしょうか。
また、販売される犬猫以外の動物に対するマイクロチップの挿入は努力義務となっていますが、社会福祉の観点から、全犬猫、場合によってはその他の飼育動物にも必要であると思っています。
愛玩動物看護師資格取得者の活躍の場は?
愛玩動物看護師の求人を検索してみると、そのほとんどが動物病院勤務の募集です。
しかし、愛玩動物看護師は国に認められた知識や技術を持つため、動物病院内だけでなく他の場所でも活用していくべきだと私は考えています。
しつけ教室や歯磨き教室、栄養指導、介護指導など、動物を飼育するにあたって飼い主が知っておくべき事柄を指導するセミナー開催はその代表的なものだと考えます。
また、高齢者施設や介護施設への訪問(動物介在活動:AAA)や小中学校などへの訪問(動物介在教育:AAE)など、動物を介したセラピー的活動は昨今注目されている活動です。
環境省では、愛玩動物看護師が行うことができる職務内容を以下のように紹介しています。
愛玩動物の愛護・適正な飼養に係る助言その他の支援
●動物の日常の手入れに関する指導・助言
グルーミング、爪切り、歯磨き等
●人と動物の共生に必要な基本的なしつけ
適切な社会化を促すための教室の開催
●動物介在教育(AAE)への支援
小学校等を訪問し学習活動をサポート
●動物介在活動(AAA)への支援
高齢者施設等でのセラピー活動
●動物飼養困難者(高齢者等)への飼育支援
家庭訪問、電話等で飼育に関する助言
●災害発生時の被災動物適正飼養の為の支援
地方自治体との連携協力
●動物のライフステージに合わせた栄養管理
ペットショップ等での食事相談 など
これらはどのような組織に所属していても知識があれば上長との相談の上開催できますし、個人で開催してもいいでしょう。
愛玩動物看護師が活躍できる場としては、以下のようなものが挙げられます。
- ペット用品メーカー
- ペット用品商社
- 動物検査会社
- 保健所
- 動物保護施設
- 保険会社
- レジャー施設
- ホテル業
- 住宅、不動産業
- 介護施設や学校(動物介在活動(AAA)、動物介在教育(AAE))
- 大学・専門学校講師 など
動物と人間がともに心地よく過ごすことのできる住宅の提案やペットと行うレジャー、自宅周辺ではなく旅行先(ホテルなど)でのペットの一時預かりなどは、かなり需要があるのではないかなと思います。
このように、動物病院でなくても愛玩動物看護師の知識を発揮できる場は沢山あります。
しかし、愛玩動物看護師資格を所持している人、そうでなくても動物病院で動物の看護師として働いている人が、上記のような活動を積極的に行っているかと言われるとそうではありません。
動物病院内で行われている業務で手一杯になってしまうとは思いますが、そこを一歩進めて外の世界に働きかけることによって、愛玩動物看護師という仕事がより重要な意味を持った仕事になると思います。
愛玩動物看護師の給与や待遇
動物病院の給与形態は実に様々です。
動物病院は自由診療のため、治療費自体を経営者が決めることができるように、動物看護師の給与、手当、ボーナスの有無など全て自由に決めることができるからです。
そのため、入社前にこれらの要件をしっかりと確認しておく必要があります。
まだまだ新しい国家資格なので、その有用性を感じて優遇してくれるかはその組織の方針によります。
2024年時点のある動物病院の給与例
動物病院に限定されてしまいますが、3軒の動物病院の給与例を紹介したいと思います。
動物病院① | 動物病院② | 動物病院③ | |
月給 | 月額20万円以上(経験および条件による) | 月収:220,000円〜(諸手当あり)、基本給:185,000円〜 【3年目】月給240,000円~300,000円、【5年目】月給250,000円~350,000円 | 正社員:月給 19万円〜35万円 ※経験者の方は前職の給与を考慮の上、給与を提示。給与は動物看護師としての技術、接遇やマナーやコミュニケーション能力等を考慮して優遇。 |
ボーナス | 記載なし | 年2回(合計2.5ヶ月分程度、勤務2年目から)、昇給:年1回 | 年2回 7月・12月 |
休日 | 完全週休二日制、有給休暇:勤務年数に伴う有給休暇有り | 週休3日、産休・育休制度、子どもの看護休暇 | 週休2日制(火曜日+その他1日)、有給休暇、産休・育児休暇、介護休暇 |
手当 | 交通費補助有(上限有)、セミナー参加費用の補助有り、月数回の院内セミナーの参加費用は無料 | 交通費(通勤距離により支給 月10,000円まで)、住宅手当(規定を満たす場合は15,000円)、学会・セミナー参加補助、退職金制度、社内医療費割り、マイカー通勤 | 交通費(社内規定による)、就職お祝い金、住宅手当、各種当番手当、スタッフのペットの診療費補助、セミナー参加費補助制度 |
福利厚生 | 社会保証完備 | 社会保険完備 | 厚生年金、社会保険、雇用保険、労働災害保険 |
動物病院以外での給与に関しては、この会社の方針による、としか言うことができないですが、資格手当や職能手当などが基本給に上乗せされて支給される場合が多々あります。
動物看護師の実際
愛玩動物看護師という国家資格の制定に至るまで、動物の看護師には様々な問題がありました。
その中でも最も大きな問題点としては、業務の範囲が広く、人によって行うことができる業務の範囲の差が大きすぎたという点が挙げられると考えています。
能力の高い動物看護師でしかできない業務は往々にして責任の重い仕事であることがほとんどですが、民間資格である(=国家資格でない)という立場の低さから、賃金も低いまま、他の従業員とも差別化されず安月給で働かされていたのです。
そのため、有能であるにも関わらず動物看護師の職を辞めてしまった人もおり、動物看護師の質の低下を招く悪循環となっていました。
愛玩動物看護師資格の制定によって有資格者の能力が無資格者と差別化されたということは大きな進歩でした。
ただ愛玩動物看護師が国家資格化されまだ2年しか経っていないということもあり、有資格者とそうでない方との給与差は目に見えてある訳ではありません。
また、動物病院自体でも国家資格保持者を求めていないところ、どちらも採用し給与の差を出しているところ、国家資格保持者しか採用していないところ、とまちまちの対応となっています。
しかし、私の経験上からの意見となりますが、積極的に国家資格保持者を採用している動物病院は患者に対して質の高い医療を提供しており、動物看護師への給与が高く、経営も上手くいっているところが多いと思います。
海外における動物看護師の活躍
動物先進国と呼ばれるオーストラリアやイギリス、アメリカにも動物看護師は存在しており、いずれも国家資格となります。
動物看護師の名称は、オーストラリアやイギリスではVeterinary Nurse、アメリカではVeterinary Technicianと呼ばれています。
この言葉からも推察できるように、オーストラリアやイギリスでは看護の側面を重視し、アメリカでは技術の面を優先する側面があるようです。
イギリスは動物に関連する法令が多く存在し動物福祉の先進国として有名ですが、動物看護師の業務も幅広く、獣医師の指示のもと内科処置や体腔内に及ばない外科処置を行うことが認められています。
アメリカでは動物看護師の業務として診断、予後判定、処方、手術をしてはならないと規定されており、そのほかの業務、例えば一般的な抜歯を含む歯科処置や生検、麻酔、皮膚の縫合なども業務の範囲内とされています。
動物大国と言われるオーストラリアでも、獣医師の監視下のもとで歯科処置や皮膚表面の外科処置、静脈内点滴や輸液の実施などを行うことが可能です。
このように、動物先進国と呼ばれる国では日本以上に侵襲性の高い業務を行っており、それゆえ求められる知識や技術はかなり高くなっています。
日本における愛玩動物看護師も今回の国家資格化を経て社会的地位が向上すると、このような業務を行うことになっていくかも知れませんね。
参考:「動物大国」オーストラリアの実情と動物看護師の役割、欧米における動物看護職制度、英国における動物看護師養成教育と動物福祉関連領域に関する視察の報告
まとめ
動物の看護師という仕事は、きつい、汚い、危険の3Kと呼ばれる仕事であることは決して嘘ではなく、本当のことなのだと身をもって体感してきました。
さらにいうと、帰れない、厳しい、給料が安いも含めた6Kの仕事であると言えます。
動物と接するということは、目の前の命が消えゆく場面のみならず、様々な社会の不条理を間近で実感することになります。
私自身も動物病院で働いていましたが、臨床現場からは離れてしまいました。
しかし、幼少期から持っていた動物が好きだという気持ちは、いくら成長しても、年を取っても褪せることはありませんでした。
そして、今では自分の知識や経験、技術を用いて動物のために何かしたいと思う気持ちは消えるばかりか、それこそが自分の存在意義で、使命なのだと思うようになりました。
自分が大切だと思う存在に対して精一杯の事ができるということは、本当に素晴らしいことだと思います。
動物看護師の知識や技術、その仕事にかける思いは人によって様々です。
動物の看護師を仕事にするためには、命に対する責任感や知らないことを知ろうとする知識欲、辛いことがあっても絶え間なく努力する忍耐力が必要不可欠です。
私は現在、愛玩動物看護師を養成する専門学校にて講師をしつつ、ウェブライターとして活動しています。
更に、動物と楽しく安全にアウトドアやレジャースポーツを楽しめる世の中になればいいなと思い、活動の機会を整えています。
ひとりひとりが動物に対して真摯に向き合い、自分にできることをやり続けることで、愛玩動物看護師の社会的地位はおのずと向上していくと思います。
まだまだ発展途上の職業ではありますが、新しいことにチャレンジし続け、様々な場で活躍する愛玩動物看護師が増えることを願って止みません。