2024年パリオリンピックで大躍進を遂げたのが、日本の馬術です。
今回のメダルは、総合馬術団体部門でオリンピック初となる銅メダルを獲得し、馬術競技において獲得したメダルは、じつに92年ぶりでした。
メンバーの平均年齢が41.5歳と、ほかのスポーツに比べると決して若いとはいえない平均年齢ですが、人馬一体となって見事な成果をあげてくれたのです。
馬術競技は、ほかの競技とは異なり、人間だけでは成り立たない特殊な競技です。
しかし、実は年齢も性別も関係なく取り組める、生涯スポーツの一つでもあります。
馬と触れ合える環境でなければ取り組むことができないため、歴史はあるもののマイナーな競技といえるでしょう。
今回は、そんな馬術をもっとよく知ってもらい、今後の競技を楽しめるように、馬術の基本的なルールや特徴についてお話しします。
馬術の基本的なルール
まずは、馬術の基本的なルールをみていきましょう。
馬術にはいくつかの種目があります。
まずは、今回のオリンピックで採用されている三つの種目をご紹介します。
障害馬術
コース内に設置された10個以上の障害を、決められたルートで飛び越えていく種目です。
障害は、高さ1.6mまで、奥行2mを超えるものもあります。
採点は減点方式で、以下の場合に減点がなされます。
- バーを落とす(1本でも複数本でも同様に減点)
- 規定タイム内に走行できない
- 馬が指示に従わない(不服従・反抗)
- 障害物の前で止まる(拒止)、障害物を避ける(逃避)
そのほかにも、落馬したり、馬と一緒に転倒したり、コースを間違えてしまっても失格です。
障害馬術では、最高得点である0点を目指して競技が行われるのです。
障害馬術の障害物の高さは、グレードによって上限が決められています。
グレードは6つにわかれており、それぞれの最大高は以下のとおりです。
- 大障害A 160cm
- 大障害B 150cm
- 大障害C 140cm
- 中障害A 130cm
- 中障害B 120cm
- 中障害C 110cm
馬場馬術
馬場馬術は、人馬一体となって行うダンスともいえる、優雅で美しい競技です。
20m×60mの競技場の中を、あらかじめ決められた40もの演技を、決められたとおりにこなしていきます。
スムーズな発信・停止だけでなく、ステップを踏んだり円を描いたり、騎手の指示に対して馬が正確に従うことが求められる種目です。
馬場馬術には、演目が決められている規定演技と音楽に合わせて演技を行う自由演技の二種類があります。
採点は各運動ごとに10段階評価を行い、最後にそれぞれの平均点を出し、パーセンテージに換算します。
自由演技では芸術的評価点も加わるため、競技の正確さだけでなく美しさも必要になる種目です。
- ハーフパス
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左右の肢を交差させる動きです。
- パッサージュ
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一歩ごとに前肢を高く上げて進みます。
入場時によくみられる動きです。 - ピルーエット
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後肢を軸に、その場で回転します。
- ピアッフェ
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その場でステップを踏みます。
足踏みをしているような動きです。 - フライングチェンジ
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一歩ごとに左右の肢を入れ替える駈足の動きです。
総合馬術
総合馬術は、前述の障害馬術、馬場馬術に加え、クロスカントリーが加わった三種目で、合計点数を競います。
全長6㎞程のコースに、水濠や生垣、竹柵といった障害が数多く設置されます。
陸上競技の3000m障害を模した競技であり、10分ほどで完走しなければなりません。
採点は減点方式で、障害物の落下や馬の反抗、巻き乗り、タイムオーバー等で減点、落馬や転倒、規定タイムの2倍を超えると失格など、障害馬術とルールがよく似ています。
そのほかにも、FEI(国際馬術連盟)によって定められている種目に、
- エンデュランス
- レイニング
- 馬車競技
- 軽乗
- パラ馬場馬術
があります。
エンデュランス
野山を駆け抜け、決められた時間内に長い距離を走行するレースです。
コースの最大距離は、なんと120㎞にもおよびます。
開催前、区間中、完走後の獣医検査にも合格し、馬に無理をさせずにゴールすることもレースを終えるための条件です。
ベストコンディション賞といって、レースを馬の状態がよいままで終えられた方にも賞が与えられる場合があります。
日本では、北海道、山梨県、静岡県などエンデュランスの環境が整った限られた場所のみで開催される種目です。
レイニング(ウエスタン)
カウボーイの動きを元にして作られた種目で、ダイナミックな技が多くみられます。
決められた技を決められたとおりに場内で披露していき、その点数を競う種目です。
レイニングでは、サラブレッドではなくアメリカンクォーターホースという、剛健な体格をした馬がパートナーとして選ばれます。
スピンやスライディングなど、馬の持つパワーを実感しながら観戦できる種目です。
馬車競技
馬で馬車を引き、長距離走行をしたり、障害物をよけたりする種目です。
団体戦や個人戦、馬の頭数もレースによって指定されています。
馬車を引きながら場内を駆け抜けていくダイナミックさは随一といえる種目です。
障害物は意外にもコンパクトに設置されていて、走行時の遠心力で馬車が転倒してしまうこともあり、乗り手の、馬だけでなく馬車の緻密なコントロールも要求される種目です。
軽乗
軽乗は、馬と人がまるでサーカスのような曲芸を繰り広げていく種目です。
直径13m以上ある円をぐるぐると回る馬に飛び乗ったり、倒立をしたり、まるで体操の平均台のような動きをノンストップで行います。
アクロバットな動きに魅了されること間違いなしの種目です。
パラ馬場馬術
乗馬は、身体に障害がある方でも取り組めるスポーツです。
パラ馬場馬術は、障害がある方に向けて馬場馬術のルールを一部変更した種目で、障害の程度によってグレードがわけられています。
乗馬の持つホースセラピーの効果を存分に取り入れた種目で、オリンピックでは1996年のアトランタ五輪から正式に種目として取り入れられました。
競技場の中で技の正確性や美しさを競います。
日本馬術連盟で公式協議として扱われているのは、障害馬術・馬場馬術・総合馬術・エンデュランスの四種目です。
馬術がほかの競技と大きく異なる点は、男女の区別なく競技が行われるということです。
馬術は、騎手の体格差や年齢、筋力の違いは大きな問題にはなりません。
なぜなら、実際に競技を行うのは馬であり、騎手はその馬をサポートするのが役割だからです。
男女平等に行える唯一の競技が、馬術なのです。
馬術のオリンピックのルール
オリンピックでは、馬の年齢に出場制限があります。
これらの年齢をクリアしなければ、オリンピックに出場することができません。
- 馬場馬術・総合馬術は8歳以上
- 障害馬術では9歳以上
馬術がどう競技として成立するのか
馬術の始まりは、古代ギリシャといわれています。
馬は当時はおもに軍用馬として活躍していましたが、より巧みに馬を操れる方が、戦闘においても有利になることは間違いありません。
そのため、馬をよりよく操る技術として、馬術は発展してきました。
馬場馬術・障害馬術・総合馬術の発展
馬術が芸術性を持ったのは、ルネサンス時代です。
馬場馬術はこのころに確立され、美しい技で多くのヨーロッパの人々を魅了していきます。
障害馬術は、貴族のたしなみである狩猟がルーツといわれています。
18世紀ごろには、フランスで障害馬術のショーが流行し、それから障害馬術が発展していったと考えられているのです。
総合馬術は、人々が馬を見て楽しむというよりも、「いかに軍馬としてふさわしいか」に重きを置いた競技でした。
そのため、技の美しさだけでなく、障害を飛び越える強靭さ、スピード、馬体の健康状態などによって総合的に順位を決めるのです。
オリンピックへの登場
1900年のパリ大会で障害馬術が採用されたのがオリンピックでのはじまり!
馬術は、1900年のパリ大会で障害馬術が採用されたのがオリンピックでの歴史の始まりです。
その後、1912年ストックホルム大会で馬場馬術と総合馬術が採用され、「近代五種」も同年から競技として採用されました。
当初、馬術は男性(職業軍人)のみの競技でしたが、1952年ヘルシンキ大会から、女性の参加も可能になり、男女平等に行われるスポーツとして、現代に至ります。
馬術の馬の種類
世界の馬術で最も使用されている馬は、ハノーバーという種類です。
ドイツ原産で、元々は馬車用の馬として使用されていました。
パワーと機敏さを兼ね備え、世界中の馬術で使用されている馬の80%を占めるともいわれています。
そのほかにも、以下のような品種が馬術で活躍しています。
サラブレッド
サラブレッドは、18世紀ごろからイギリスで、より速く走ることを目的に改良された品種です。
体高(肩の高さ)は160~170cm程度で、体重は400~500㎏程度です。
そのしなやかで細く長い脚を使い、時速60~70㎞で走ることができます。
サラブレッドは、イギリスの在来種にアラブ系の馬をかけ合わせて作られました。
アラブ系の馬は、サラブレッドよりも一回りほど小柄で、耐候性や耐久性に優れた馬です。
アングロアラブ
サラブレッドとアラブ種をかけ合わせて作られた品種です。
丈夫で気性がやさしく、競走馬や乗馬用として多く用いられています。
かつての日本では、軍用馬として使用されてきました。
跳躍力が高く、特に障害馬術で活躍しています。
アメリカンクォーターホース
アメリカ原産の、世界で最も数が多い品種です。
短距離であればサラブレッドにも引けを取りません。
おもにレイニング(ウエスタン)で使用されますが、馬場馬術や障害馬術でも活躍しています。
セルフランセ
1965年に登録された、フランス生まれの新しい品種です。
能力が高く、馬場馬術、障害馬術、総合馬術と幅広く活躍しています。
アルパーサ
北アメリカ原産の品種で、ダルメシアンのような斑点が、全身または体の一部にみられる、見た目が特徴的な品種です。
サラブレッドよりもやや小柄ですが、馬場馬術から障害馬術、エンデュランス、クロスカントリーと幅広く使用されています。
馬車馬やサーカスでも活躍しています。
ウェストファーレン
ドイツ西部原産の品種です。
ドイツでは、ハノーバーについで馬術で多く使用されています。
馬場馬術、障害馬術で活躍している、人気の高い品種です。
アハルテケ
トルクメニスタン原産の、古い歴史を持つ品種です。
「黄金の馬」と呼ばれるほど見た目が美しく、光沢のある毛に魅了されてしまいます。
砂漠地方原産であるため丈夫で持久力が高く、馬場馬術から障害馬術、エンデュランスなどで活躍しています。
リピッツァナー
オーストリアで改良された品種です。
元々は軍馬として活躍していました。
やや小柄で、芦毛が多いのが特徴です。
特に後肢がしっかりとしていて、馬場馬術で多く使用されています。
トラケナー
プロイセン王国(旧ドイツ北部~ポーランド西部)で改良された品種です。
スピード・持久力に優れていて、馬場馬術で活躍しています。
アンダルシアン
スペイン原産の品種で、芦毛が多くみられます。
やや小柄で、スペインの闘牛用の乗馬に使用されていました。
柔軟な関節と強靭な肢で、馬場馬術で高度な技を披露してくれます。
馬術の服装
馬術の服装は、細かく取り決められており、種目によって違いがあります。
それぞれの服装のルールをみていきましょう。
- 障害馬術
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- ・ヘルメット
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障害馬術は落馬の可能性が高いため、3点固定式のチンストラップ付のヘルメットの着用が義務付けられています。
- ・ジャケット
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ジャケットの色は黒か紺、もしくは赤です。
- ・その他
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白襟のシャツに、白色のネクタイ、白色のキュロット(乗馬用のパンツ)を着用し、革製のブーツをはきます。
使用してよい鞭は、75cm以内の短鞭です。
- 馬場馬術
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- ・ハット
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黒もしくは濃紺のハットをかぶります。
- ・ジャケット
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黒または濃紺の燕尾のジャケットを着用します。
- ・その他
-
シャツ、アスコットタイもしくはネクタイ、キュロット、グローブともに白色です(キュロットはオフベージュでも可)。
革製のブーツを着用し、拍車を取り付けます。
- 総合馬術
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- ヘルメット
-
総合馬術の中の一種目、クロスカントリー時には、3点固定式のチンストラップ付のヘルメット(つばなし)を着用します。
その上から、つばのついたカバーを取り付けるのです。
- ・プロテクター
-
落馬からのケガを防止するため、プロテクターの着用が必須です。
- ・その他
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キュロットの色に定めはありません。
ブーツは革製で、75cm以内の短鞭を使用します。
馬術の競技人口
馬術(乗馬)の正確な競技人口の統計は出されていませんが、農林水産省のデータでは、平成18年には7万人程度でした。
ちなみに、乗馬大国のイギリスやフランス、ドイツでは、各国でそれぞれ150~200万人程が乗馬に親しんでいます。
近年では屋外で取り組めるスポーツとして人気が出ているほか、シニアの方で乗馬をはじめられる方も増えてきました。
しかし、日本ではまだまだ乗馬はマイナーなスポーツなのです。
日本の有名な馬術選手
馬術のオリンピックの歴史の中で、ぜひ覚えておきたい日本人選手2名をご紹介します。
日本人で知っておくべき有名な馬術の選手といえば、まずは1932年のロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した、西 竹一選手があげられます。
馬術がオリンピックに採用されてから2回目の大会で、愛馬ウラヌスとともに挑み、大障害飛越競技で金メダルに輝きました。
西選手は、男爵家の身分だったため、バロン西の愛称で親しまれています。
残念ながら、第二次世界大戦下で、硫黄島にて42才で戦死されています。
愛馬ウラヌスをとても大切にされており、亡くなったときもウラヌスのたてがみを身に着けていたことは有名です。
もう一人、日本最高齢の馬術選手をご紹介します。
1941年生まれ、学生時代から数多くの馬術大会に参加されてきた超ベテラン選手です。
2012年のロンドンオリンピックには、71才で出場しました。
法華津選手は複数回オリンピックに出場されていて、初参加はなんと1964年の東京オリンピックです。
それから、2008年の北京オリンピック、2012年のロンドンオリンピックと、半世紀をかけて3回も出場しており、これはギネス・ワールド・レコーズに認定されています。
乗馬が年齢に関係なく続けられるスポーツだと、広く世間に知らしめてくれたのが法華津選手です。
まとめ
今回は、馬術という競技について、多くの方に知っていただきたく、競技の内容やルールをご紹介しました。
馬術は、そのダイナミックさと優雅さから、もし細かなルールがわからなくても見ていて楽しめる競技です。
日本ではまだまだ競技人口が少ない馬術(乗馬)ですが、世界的にみるととても歴史があり、ヨーロッパをはじめ多くの国で親しまれているスポーツです。
オリンピック以外にも、国際大会や国内でも大会が開催されています。
ぜひ、興味をもってご覧になってください。
中には、馬術で活躍している馬を、かわいそうと思う方がいらっしゃるかもしれません。
その点について、次回公開の記事で、動物愛護の観点から詳しくご紹介させていただきます。