保育園や幼稚園、学校などの教育機関において、ペットとして動物や昆虫と触れ合う情操(じょうそう)教育が行われているのをご存じでしょうか?
「聞いたことはあるけど実際何をするの?」「興味はあるけど大変そうだし意味はあるの?」と疑問を抱いている方もいるかもしれません。
この記事では、情操教育とペット・動物の関係性や、子どもたちへの影響などについて5つの観点からご紹介します。
10年間保育士として情操教育を行い、現在は動物のトリミングに携わっている筆者が、実際の保育現場でのエピソードや子どもたちの姿についても詳しくお話していきます。
情操教育について気になっている方は、ぜひ参考にしてみてください。
1. そもそも情操教育とは
「情操教育」という概念がそもそもよくわからないという方もいるのではないでしょうか。
まずは、情操教育の基本的な内容や今の教育現場でどのように考えられているのか解説していきます。
情操教育の基本
情操教育は、「知的情操教育」「倫理的情操教育」「美的情操教育」「宗教的情操教育」の4つに分けられます。
それぞれの領域について、詳しく見ていきましょう。
知的情操教育
知的好奇心を促し、子どもが自分で疑問を抱いたり考えたりする機会を与えることが大切です。
生き物や自然と触れ合う中で、「なぜ?」「どうして?」と不思議に思う感性や学ぶ力を育みます。
倫理的情操教育
様々な体験の中で、善悪の判断をする力を養います。
人や動物との関わりから、思いやりの心や協調性を育てることが目的です。
美的情操教育
絵や音楽・自然・生き物など、美しいものに触れた時に心が動く感性を身につけます。
「きれい」「美しい」「愛おしい」と感じられる感覚は、豊かな想像力や思考力を養うことに繋がるのです。
宗教的情操教育
命の大切さや尊さを知り、人間の本質や目に見えない情緒的な繋がりを学ぶことを目指す教育です。
人や動物など生きとし生けるもの全てにおける、命の重みを知ることができます。
情操教育の今
「三つ子の魂百まで」ということわざを、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?
人生の中でも脳や心の発達が著しい3歳までに身についた気質は、100歳になっても変わらないということを表しています。
この言葉からもわかるように、昔から小さい頃の環境や体験は大人になった時の価値観や道徳心に大きな影響を与えると考えられていました。
現在の教育や子育てにおいても、3歳から10歳ぐらいまでの子どもたちに情操教育を行うことがすすめられています。
教育基本法では、教育の目標について以下のような内容が定められています。
幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。(一部抜粋)
文部科学省 教育基本法
情操教育の基本と照らし合わせてみても、内容が一致していることがわかりますね。
もちろん家庭で保護者が情操教育を行うことも大切とされていますが、共働き世帯の増加で低年齢保育や長時間保育となる場合が増えているのが現状です。
そのような背景から、子どもが一日の大半を過ごす保育園や幼稚園、学校での情操教育が以前よりも重要な役割を担っているのではないかと考えます。
2. 情操教育にはペットが効果的?
情操教育にペットがいいという話を聞いたことはあるかもしれませんが、「実際にはどうなの?」と疑問を抱く方もいるかと思います。
そこで、実際に10年間保育士として動物や昆虫などをペットとして飼育する情操教育を行った筆者が感じた、子どもたちへの効果についてご紹介します。
知的好奇心を刺激する
動物や昆虫などの生き物は全て、それぞれ野生で暮らしてきた習性が身についています。
本能的な姿を見て「なんで?」「どうして?」と子どもの知的好奇心を刺激するので、興味を持ったり不思議に思ったりと脳が活性化されるのです。
また、「わからない」「知りたい」という好奇心は子どもの自主性を育む大切なきっかけ。
自分で考えたり図鑑で調べたりしながら、納得するまで止まらない追求は大人顔負けの勢いです。
思いやりの心を育む
動物や昆虫などの生き物は人間と違って言葉で伝えられないからこそ、ささいな行動や仕草から思いを汲み取ってあげることが大切です。
ペットとの非言語コミュニケーションを体験することで、思いやりの心や共感性が育ちます。
子どもは大人よりも固定観念のない素直な心を持っているので、大人以上に細かいことに気がつき驚かされることも多いです。
また、自分より小さくて弱いお世話が必要な生き物に対する扱い方も、経験するうちに学ぶことができます。
豊かな感性を養う
動物が本能のまま過ごす姿、素直で真っすぐな目は私たちの心を癒してくれますよね。
アニマルセラピーという治療法があるほど、生き物が人間に与えてくれる力は大きいはずです。
子どもたちにとっても同じで、ペットとの触れ合いや観察を通して「かわいい」「愛おしい」「すごい」「きれい」という感情が自然と湧いてきます。
心の充実感や自己肯定感、満足感にも繋がり、豊かな感性を養う効果もあります。
命の大切さを知る
生まれて数年の子どもにとって「命」という目に見えないものを、言葉で理解するのはなかなか難しいことです。
しかし、動物や昆虫と共に過ごす中で「死」に向き合わなくてはいけない場面を体験します。
自分たちが食べ物や水をあげないとペットは生きられないこと、それぞれの生き物には寿命があることなどを学びます。
今ある命には限りがある事実を知り、実際にペットの死と直面して悲しい・寂しい気持ちを経験することでより命の大切さを学ぶ子どもたちの姿を見てきました。
3. 動物やペットが関わる情操教育の難しさ
ここまで情操教育の大切さや子どもへの効果についてご紹介してきましたが、忘れてはならないのが動物やペットが関わることの難しさです。
命を扱うことだからこそ気軽な気持ちで取り入れることは避けたいですし、デメリットや危険性などについても十分に理解しておく必要があります。
大人が責任を持つ
子どもたちに動物との接し方やお世話の仕方を学んでもらうことが目的の情操教育ですが、あくまで責任を持って飼育すべきなのは大人です。
教育者が見本となってペットとの触れ合い方や愛情を持って接する姿を見せることで、子どもも真似をして自らも行動に移すことができます。
また、子どもだけでは十分なお世話ができないので、必ず側で確認をしたり声をかけたりと丁寧な見届けが必要になります。
毎日慌ただしく過ぎる中でしっかりと責任を持った飼育が可能かどうか、事前によく考えることが大切です。
怪我や事故の危険性を知る
ペットを飼育する上で気を付けなければならないのは、子どもや動物の怪我・事故です。
まだ力加減や危険性の理解ができていない場合、強く触ってしまったり床に落としてしまったりするリスクもあります。
必ず事前に優しく触ること、座って触ること、動物が怪我をしたら命に関わることを伝えておきましょう。
逆に、動物が子どもを噛んだり引っかいたりする危険もあります。
指や顔をむやみに近づけない、動物の嫌がることをしないなどのルールを知らせてください。
動物アレルギーを確認する
子どもたちの中には、動物アレルギーを持つ子もいるかもしれません。
事前に保護者に確認をする、もしいる場合はアレルギー反応の出ない動物にする、触れ合い以外のお世話で関わる、飼育環境を見直すなどの配慮が必要になります。
アレルギーはある一定の数値を超えた場合に反応として現れるので、飼ってみてから気づくパターンもあることを理解しておきましょう。
様々な危険性を避け、昆虫や魚などを飼育する園も多いです。
予算や人員配置を把握する
生き物の飼育に必要な予算はどのぐらいなのか、どこから出すのかを確認しておきましょう。
フードや飼育ケース、温度管理の整った環境などその動物を飼う上で必要なものを事前に調べ、用意できるのか検討が必要です。
また、クラスの職員の人数や人員配置によっても、子どもたちをしっかり見ながらペットのお世話もできるのかどうか変わってきます。
長期休みは誰が責任を持ってお世話をするのか、災害など緊急時はどうするのかまで事前に考えておくことも大切です。
4. 保育園における情操教育と動物
実際にどのように情操教育が取り入れられているのか、保育園で動物や昆虫などの生き物を飼育する流れや取り組みをご紹介しようと思います。
エピソードはほんの一例ですが、子どもたちと一緒に過ごす中で様々な素敵な場面に出会えるはずですよ。
ペットにする生き物を決める
まずは、子どもと相談したり飼育が可能か検討したりしながら、ペットとして迎える生き物を決めます。
教育現場で飼育することが多い生き物は、以下の通りです。
・ウサギ
・魚
・ニワトリ
・カメ
・カブトムシ、クワガタ
・ハムスター
参照:ベネッセ教育情報
上記で説明したように様々なリスクもあり、年齢の低い子どもが過ごす保育園では、魚や昆虫を飼育するケースが多いです。
昆虫であれば、園庭や散歩に出かけた際に子どもたちが見つけて捕まえた生き物を飼うことでより愛着が深まります。
【エピソード1】
何を飼いたいか問いかけてみると…
「犬!」「うさぎ!」「ライオン!」「ゾウ!」など、とにかく好きな動物を素直に答える子どもたち。
その思いを丁寧に聞いて受け止めつつ、飼うことが難しい理由や実際に保育園で飼育できるペットを伝えた上で迎えてくださいね。
観察して動物の特性を知る
ペットを迎えたら、その生き物の姿や仕草、習性をじっと観察します。
見ていると様々な疑問が子どもたちの中から出てきて、考えたり新たな発見があったりと有意義な時間になります。
どうしてもわからないことは一緒に図鑑や絵本を開いて調べてみると、より理解が深まるのでおすすめです。
【エピソード2】
「なんでこんな動きをするの?」「何してるの?」など、大人は当たり前に感じていることでも子どもからすると立派な疑問点。
すぐに答えを教えるのではなく、「なんでだと思う?」と自分で考える機会を与えてみると…
「眠たいからじゃない?」「ごはん探してるんだよ!」など、動物の気持ちになってとても発想豊かな答えが出てきます。
そんな経験を繰り返して、言葉で伝えられない生き物の思いを汲み取ってあげる思いやりが育まれていきます。
食事や掃除などの役割を決める
かわいがるだけでなく、ペットに食事を与えたり飼育スペースの掃除をしたりといったお世話も子どもたちと一緒に行います。
初めは大人が見本となってやり方を知らせ、慣れてきたら少しずつ子どもたちができる範囲で役割を与えると達成感や責任感に繋がります。
【エピソード3】
当番だった子がお世話を忘れて遊びに夢中になってしまい、声をかけても「今これで遊んでるから!」となかなかやろうとしない場面がありました。
クラス全体に「ごはんを食べられないとどうなる?」「みんなだったらどう?」と投げかけると…
「おなか空いて遊べない」「死んじゃう」などの意見が出て、生き物を飼うことの責任やお世話の大切さを再確認できる機会となりました。
お世話をしなかった子が悪者になってしまわないよう「すぐに遊びたい気持ちもわかるよ」と共感したり、その子だけでなくみんなの中にも「大変」「面倒」という同じ気持ちがあることを伝えたりすることも意識しました。(大人でも大変に感じてしまう毎日のお世話、子どもならなおさらです。)
でも、飼うと決めたら大切な命を守るために頑張らないといけないこともあると知ってもらいたいですね。
興味・関心を深める活動に繋げる
観察やお世話、触れ合いを通してペットへの愛着が深まってきたら、他の活動に繋げていくことでさらに興味・関心が深まります。
例えば、絵を描いたり製作遊びをしたりしてペットとの思い出を表現する、その動物になりきったごっこ遊びをする、など普段の保育の中に盛り込むのがおすすめです。
【エピソード4】
ザリガニを飼育していた際、ある朝突然ザリガニが脱皮していました。
それを最初に気づいた子が「先生!ザリガニが2人(2匹)になってる!」と言ったのです。
たしかに原型をそのままきれいに脱皮した抜け殻は、まるでザリガニが2匹いるように見えました。
子どもの発想力、さすがだなぁと感心しながら絵を描く時間を作ると…
その子の画用紙の上には、しっかり2匹のザリガニが描かれていたのでした。
5. 情操教育から得られるものの大きさ
ここまでお読みいただいた方の中には、「情操教育ってやっぱり大変そう」「責任重大だな」と感じた方もいるかもしれません。
その思いは間違いではなく、保育活動は本当に忙しくて目まぐるしく日々が過ぎていくので、なかなか踏み切れない気持ちもとてもわかります。
しかし、伝えたいのはその大変さ以上に得られるものが大きいということです。
子どもと教育者は信頼関係を築くことが大切ですが、間に動物が入ることでその信頼関係がさらに深まるのです。
上記でご紹介したエピソードのように、ペットを飼育する中で様々な子どもの姿や気づきがあります。
課題が見つかることも多いですが、問題が起きた時こそチャンスだと捉えています。
ぜひ、子どもと一緒に考えたりいろいろ試してみたりしながら、動物への理解を深めていってほしいです。
また、ペットとしての関係を超えて、子どもにとっての「友だち」や「家族」のような存在になります。
その生き物がいるから「保育園に行くのが楽しみ」と感じたり、「お世話しないと」という責任感から自主的に生活したりする子もいます。
子どもの中でペットの存在が大きくなればなるほど、実体験として「命」の大切さに触れることができるのではないでしょうか。
さいごに
情操教育の基本や、ペット・動物との関係性についてご紹介してきました。
現在の日本で起きている様々な動物に関する課題点は、今すぐに改善することが難しく長期的な目線で考えていく必要があるものが多いかと思います。
未来をつくる子どもたちが動物に対する思いやりの心や命の大切さを学ぶことができる情操教育は、長い目で見た時にきっと意味のある活動なのではないでしょうか。
将来の日本における動物に対する思いや扱いが、人間と同じ「命」を持つものとしてより良い方向に変わっていってくれたらいいなと願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。