近年問題になっているイノシシの生息数増加に関して、きちんと考えたことがあるでしょうか。
私は自宅近くの低山へ登山をしに行くことがあるのですが、その山まで車を走らせている道中、もしくは登山中に野生のイノシシに遭遇することがあります。
街中までイノシシが下りてくることは稀でしょうが、少し足を伸ばすと案外近くに生息しているのです。
たまに出会うだけならば良いのですが、イノシシが里山に降りてくることによって民間人と接触してしまったり、農作物が食べられる、畑が掘り起こされるなどの被害が出てしまっています。
そんなイノシシの被害への向き合い方について、一緒に考えてみませんか。
イノシシってどんな動物?
そもそも、イノシシとはどのような動物なのでしょうか。
よく聞くイノシシという名前ですが、実際にどんな動物なのかを明確に理解している人は案外少ないかも知れませんね。
今回イノシシの獣害を調べるに当たって、まずイノシシがどんな動物なのかを調べてみました。
大きさや身体能力
日本のイノシシは本州、九州、四国に生息するニホンイノシシと、日本の南西諸島に生息するリュウキュウイノシシが存在していますが、今回はニホンイノシシにのみ言及します。
ニホンイノシシ(以下イノシシ)は鯨偶蹄目イノシシ科に分類される哺乳類です。
イノシシの成獣は体重60〜100kgで、体長は140〜170cm前後にも成長します。
犬に匹敵するほど嗅覚が優れており耳もとても良いのですが、反対に視力は弱く、嗅覚と聴覚に頼って生活しているようです。
そのため暗い夜でも行動でき、基本的には昼行性ですが、人間の活動によって夜行性に変化した個体もいます。
走るのも早く、時速45kmで走ることも可能と言われているように身体能力が高いのですが、更に驚くべきはその遊泳力。
四国地方ー中国地方を隔てる瀬戸内海も泳いで渡ることができるほどの驚異的な遊泳力を持っています。
性格
基本的には神経質で警戒心が強い性格です。
そのため通常では人間を避けるように行動しますが、不用意に近づくと攻撃してくることがあるため注意しましょう。
食性
食性は雑食性で、野生下では植物の摂取量が多く、どんぐりやきのこ、柔らかい植物の芽、根たけのこ、わらびなどを食べています。
また、動物性のものとしては蛇やカエル、昆虫、サワガニ、ミミズなどを食べていて、土の中の根やミミズを食べるため、イノシシは地面を掘り返してそれらを探します。
山の中や里山でそこらじゅうの地面が掘り返された跡を見かけたことがあるのであれば、それはイノシシのしわざでしょう。
寿命
毎年4〜6月頃に出産し、一度に2〜8頭の子を生むため、驚異的な繁殖力を誇ります。
平均寿命は2〜3年といわれていますが、成獣になる前に死亡する確率が高いためこのような結果になっています。
運良く成獣になることができれば、10歳ほどまで生きるようです。
生息地域・場所
先述のようにニホンイノシシは九州、四国、本州全域に生息していますが、冬眠をしないため比較的温暖な地域を好みます。
生息場所としては標高200mほどの山地に生息しており、また冬季は積雪量がそれほど多くない10〜20cmほどまでの場所を好むという調査結果があります。
特有の縄張りは持たず、オスは生後1年ほどで群から離れ単独で行動し、メスは子供と共に家族単位の群れで行動します。
・イノシシは環境変化への適応力に優れており、身体能力も高い。
・雑食性で何でも食べるため、生息に適した場所があれば生息地はどんどん拡大する。
・環境が良ければ10年ほど生き、毎年2〜8頭の子を産むほど多産。
イノシシと人間の関わり
そもそもイノシシはアジアやヨーロッパを中心に生息していました。
イノシシは人間にとって古く1万数千年前〜数千年前にはすでに狩猟の対象であり、共に生きてきた動物ではありましたが、それとともにイノシシによる農作物被害とも長きに渡って戦ってきました。
日本国内でも、江戸時代にはイノシシの食害による飢饉の発生が記録されています。
江戸時代初期には全国各地でシシ垣と呼ばれる防護施設が設置され、その周辺では盛んに捕獲活動が行われていました。
その活動が功を奏しイノシシからの被害は少なくなったため、江戸時代中/後期にはほとんどシシ垣は使われなくなったといいます。
イノシシの増加、生息域の拡大が問題になっている
西日本を中心に生息していたイノシシは、その後の人間の土地利用や自然資源の利用の変化から、生息好適地を得て次第に個体数が増加し分布域を拡大させていきました。
現在は北海道を除く46都道府県で生息が確認されています。
イノシシの増加の原因
これほどイノシシが増えている理由として、
- 耕作放棄地や放任果樹などによる生息好適地の増加
- 温暖化による活動域の北上
- 天敵であるオオカミの絶滅
- 狩猟者の減少
などが関連していると考えられます。
どれも人間が関与している事柄であるということが分かると思います。
耕作放棄地や放任果樹などによる生息好適地の増加
上記の理由の中でも、最もイノシシの生息数の増加に寄与していると考えられるのは生息好適地の増加です。
利用されなくなった畑などの耕作放棄地や実がなりっぱなしの放任果樹(柿やみかんなど)は、イノシシにとって豊富な食料源となります。
そういった場所は人が住んでいる家と隣接していると思われますが、住宅地は禁猟区なのでイノシシにとって銃に狙われることがない安全地帯になっていることも関与していると考えられます。
さらに、人間が出すゴミの中には自然界には存在しないものも多いため、一度人間の食べ物を味わったイノシシは山の生活に戻ることができません。
イノシシにとっては人の手が入っている場所の方が安全で住みやすいのです。
温暖化による活動域の北上
また、イノシシは冬眠をしないため寒い冬を頑張って越さなければなりません。
イノシシは元来比気温が高い西日本に生息しており、東北地方など冬の寒さが厳しく積雪量が多くなる地域には生息していませんでした。
しかし、温暖化による気温の上昇や積雪量の減少により、現在は北海道を除く46都道府県にイノシシの生息が確認されています。
天敵であるオオカミの絶滅
また、天敵であるオオカミが絶滅してしまったことがイノシシの生息数の増加を招いたとも言われています。
オオカミはシカやイノシシを捕食する食物連鎖の頂点に君臨していました。
しかし、オオカミによる家畜への獣害が多くあったために駆除が促進されたことや、捕食対象であるシカが当時は少なかったことなどからオオカミは減少していき、1905年に日本のオオカミは絶滅したと言われています。
オオカミの絶滅により強力な捕食者が不在となってしまったため、イノシシやシカはその数を増やしていきました。
ただ、オオカミの捕食の多くはシカの方であり、イノシシの個体増加に関してはそれほど関与していないとの見方もあります。
(参考:日本オオカミ協会 イノシシとオオカミ)
狩猟者の減少
イノシシの駆除の多くは、猟師たちによるものが大きな部分を占めます。
県や市から委託された有害鳥獣駆除では、猟師に報奨金を与えている場合もあるのです。
しかし1975年には51.8万人居た狩猟者が2019年には21.5万人にまで減っているうえ、ハンターの高齢化も進み、近年では狩猟者の6割以上が60歳を超えていると言います。
そんな中でも令和4年度のイノシシの捕獲数は、狩猟によるもので約10万頭に及びました。
加えて、県や市の事業による有害鳥獣駆除での捕獲数は約49万頭でした。
(参考:環境省 捕獲数及び被害等の状況)
イノシシによる被害
このように増え続けてきたイノシシは、深刻な被害をもたらしています。
農作物では稲やさつまいも、豆類、サトウキビを食べ、また畑や芝生に発生したミミズをイノシシが食べるなど、農作物被害に加え地面の掘り返しが問題になっています。
令和4年度のイノシシによる農作物の被害は、日本全国で36億円にも上るとの調査結果があります。
先述のように生息場所が里山付近であり、人間の耕作放棄地やゴミ置き場が活動圏内の近くにあることも、イノシシが人間と接触する被害が出ている原因となります。
また、農作物被害や直接の接触による人身被害・交通事故のみならず、イノシシに付着するマダニによる感染症の蔓延、ミミズなど食物を探すための地面の掘り返しによって、生活の基盤となるインフラへの影響が問題となっています。
近年問題になっているSFTS(重症熱性血小板減少症候群)という感染症はご存知でしょうか。
マダニが媒介し人間にも感染してしまうこともあるこのSFTSは、人間が発症すると致死率は10〜30%と言われており、近年問題になっている感染症です。
感染者のニュースなどを見かけたことがある方もいるのではないでしょうか。
また、イノシシによる地面の掘り返しによって排水溝に土砂が詰まるなどの問題もあります。
土砂で詰まった排水口では雨が降った際に水が排出されず、その土地の地盤に浸水が浸透することで地下水位が上昇。
その結果として地盤が緩くなり、大規模な土砂崩れに繋がるというインフラの問題も起きています。
・農作物被害
・人間との接触や交通事故
・感染症の媒介
・インフラへの影響
イノシシ被害を抑えるための対策
イノシシによる被害の問題解決策としては、以下のようなものが行われています。
①侵入防止
人間と生活の境界線を分ける物理的な柵を設けるという手は昔から行われており、イノシシの数を減らすという根本的な解決にはならないものの、一時的な対応策としては有効でしょう。
一方で、イノシシの強靭な力や分厚い被毛で柵を突破してしまうこともあるようです。
(参考:鳥獣被害対策グッズ販売イノホイ)
また、農業者も高齢化し、獣害対策まで手が回らないという問題点もあります。
・ワイヤーメッシュ柵や電気柵などの設置
②生息環境整備
イノシシによる被害を抑えるためには、イノシシ自体がむやみに増えてしまわないような環境づくりをすることが最も大切です。
耕作放棄地の伸びた雑草はイノシシの隠れ家となりますし、餌場にもなります。
放任果樹は豊富な栄養源となるでしょう。
こういった放任果樹の除去については、補助金を出している自治体もあるようです。
(例:京都府綾部市)
”人間の手が入っている場所はイノシシにとっても住みやすい”ということを念頭に置かなければなりません。
・耕作放棄地の整地
・放任果樹の除去
③個体群管理
イノシシが増えないような環境整備を行うとともに、すでに増えてしまった個体数を減らす目的で狩猟を行うことが推奨されます。
狩猟者の数と質をあげ、実際に被害を出している個体や母親となるイノシシを狙うことによってその数を効果的に減らすことができるのです。
(参考:農林水産省 鳥獣被害の基本的な考え方)
・成獣、加害個体を中心とした捕獲
・狩猟者数の増加と質の強化
海外で行われているイノシシ対策
海外でも日本同様に、イノシシの劇的な増加による被害が巻き起こっています。
イタリアではイノシシの増加を受け、都市部でも狩猟を行うことを可能にする法案が提案されたといいます。
また、アメリカ合衆国でもイノシシや野生化したブタによる被害が相次ぎ、日本と同様にその対応策に頭を悩ませているといいますが、それとともに食肉としての利用が活発なようです。
(参考:イタリアが都市でもイノシシ狩りする事情、アメリカは肉を食べることで外来種のイノシシに対処する)
イノシシが増加した原因や狩猟者数の増加など似通った部分も多く見られるため、海外の事例も参考にして対策を考えていく必要がありそうですね。
狩猟によるデメリット
イノシシの個体数削減に狩猟が有効であることを先に述べましたが、狩猟にはデメリットも存在します。
狩猟というと銃で狙い仕留めるイメージがあると思いますが、罠で捕獲する方法も立派な狩猟となります。
イノシシ猟にはくくり罠、箱罠、囲い罠などを用いるのですが、設置するわなの精度が低いと捕獲に失敗し、イノシシが罠を警戒するようになってしまいました。
その結果、イノシシを捕獲するのが難しくなっているのです。
また、くくり罠やトラバサミを使用した捕獲方法では、他の野生動物や野犬などを間違えて補足してしまうという問題点があります。
特にトラバサミはその危険性が問題視され、現在狩猟によるトラバサミの設置は鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)で規制されており、処罰の対象となっています。
こういったデメリットがあるので、罠を仕掛けるよりもエサでおびき寄せたイノシシを銃で狙う方が効果的だという意見もあります。
・捕獲に失敗するとイノシシが罠を学習してしまう
・目的以外の野生動物や野犬を補足してしまう
捕獲されたイノシシはどうなるの?
さて、捕獲されたイノシシはどうなるのでしょうか。
ジビエ肉として食用にされたり、ペットフードとして消費される、家畜の飼料になる、革製品として利用されるなど活用の幅は広がってきていますが、実際のところは焼却などの手法によって処分される割合が大きいのです。
令和4年度に捕獲されたイノシシは約59万頭でしたが、ジビエ肉として利用されたのは3万6千頭でした。
(参考:農林水産省 捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況(令和6年3月))
捕獲されたイノシシの約16%のみ活用されているということになります。
どうしてもその数を減らさないといけないと言うのならば、ジビエ肉として有効活用すべきではないでしょうか。
しかし、イノシシに限らず豚肉にも言えることですが、生の状態で食べてしまうとE型肝炎に感染する恐れがあるため、きちんと中心まで火を通してから食べるようにしましょう。
最後に
イノシシは強力な繁殖能力や適応能力の高さからその数を増やし続けていますが、生息数を拡大させる環境を整えているのは人間自身です。
他人事だと思わずに、その被害の発生原因は人間自身であることを自覚し、本当に有効な解決策を模索し続ける必要があるのではないでしょうか。
イノシシに関しての情報を拡散すること、実際に猟師になって活動すること、ジビエ肉として積極的に消費することなど、この問題に関する関わり方は様々な方法があると思います。
今回イノシシに関する情報を集めるにあたっては、調べれば調べるほど知らない情報が出てきたため、内容をまとめるのに大変苦労しました。
今回の記事では参考元のリンクを沢山紹介しているので、読者の皆様もその内容をご一読していただけますと幸いです。