広島県にある宮島といえば、日本三景の一つで日本有数の観光名所ですね。
世界遺産に認定されている厳島神社や千畳閣などの観光スポットだけでなく、紅葉の名所にも選ばれており見所がたくさんあります。
宮島は、奈良公園と同じく野生のシカが身近に生息していることでも有名です。
しかし近年は、シカの数が増えすぎたことからエサやりが禁止されたり、シカが暮らす場所の一部に高級ホテルを誘致する計画が立てられたりと、物議を醸しています。
宮島のシカに起きている問題やこれまでのシカの歴史などを知ることで、今後共生していくためにどうすべきかを一緒に考えていきましょう。
これから観光に行かれる方は、ぜひシカにも興味を持っていただき、気になる点があれば声を上げていただきたいと思います。
宮島のシカはエサやり禁止に!なぜ?

宮島が観光地として有名になったのは、いくつもの歴史的な観光名所があるだけでなく、シカと共生していることを「利用」したこともその一因です。
シカがすぐ触れられる場所に生息していることが、観光客を招く助けになったのはいうまでもありません。
今後、人間とシカが共生していくためには、増えすぎたシカの数をコントロールすることは大切です。
しかし、人間が一方的にシカを追いやるような方法は、一度立ち止まって考える必要があります。
宮島のシカは、昔から住民がエサやりを行ってきたためよく人に馴れています。
しかし、エサやりによってシカが人に馴れ過ぎてしまい、市街地にシカが定着したり、生息密度が過密になったりといった問題が浮上したのです。
宮島のシカは昭和20年ごろには数が激減しましたが、その後、住民の助けによって個体数は回復し、現在は島全体で500頭ほどの生息が確認されています。
個体数が回復したのはよいものの、住民からのエサやりに依存してしまったシカたちは、人間との距離が近くなり過ぎたのかもしれません。
昭和40年代ころから、増えすぎたシカが住民の生活環境に悪い影響を与えるようになります。
たとえば、
- ゴミの散乱
- 農作物を食べてしまう、畑を荒らす
- 糞尿による悪臭
などの被害です。
増えすぎたシカを減らす行政の取り組み
2011年に行った住民へのシカの生息状況に関するアンケートは、以下のような結果となっています。
もっと多くてよい | 4件 |
今ぐらいでよい | 104件 |
もっと少なくてよい | 162件 |
いない方がよい | 54件 |
その他 | 7件 |
無回答 | 5件 |
アンケート結果を見ると、住民の方々がシカによって少なからず迷惑を感じているのがわかるでしょう。
また、エサを求めて観光客に被害がおよんだり、またシカ自身もゴミを漁って誤って食べてしまうなどの健康被害が出るようになりました。
これを受けて廿日市市は、シカの個体数を減らすべきであるとして、1998年からシカのエサやりを禁止して、シカの野生復帰をめざす方針を打ち出します。
2009年には宮島地域シカ保護管理計画が策定されて、エサやりの禁止とゴミの徹底管理を行うことで、個体数の調整が行われており、それは現在も継続されています。
参照:廿日市市|宮島地域シカ保護管理計画 (第2期 改訂版)
鹿せんべい売り場も撤去
奈良公園では、シカに与えられる鹿せんべいが販売されていますが、現在、宮島では販売されていません。
これは、行政によるエサやり禁止の措置を受けてのことです。
鹿せんべいを売っていないからといって、外部からシカの食べものとなるものを持ちこむのはやめましょう。
シカは頭のよい生き物であるため、観光客から食べものをもらえることがわかると、ほかの観光客に必要以上に接近して、危害を加える恐れがあります。
「遠足に行った際にお弁当をシカに奪われた」という声も過去に上がっています。
また、シカ自身の健康にも影響を与えるため、シカに食べものを与えない・食べものを持って接近しないことに十分気をつけましょう。
人間から与えられるエサの味を覚えてしまったシカが、人間が出すゴミを食べてしまう「誤食」は大きな問題となっています。
宮島では、シカの胃袋からビニール袋、紐、ロープなどが多く見つかっているのです。
2009年に事故死したシカの胃を調べた結果、およそ3.2kgの異物が発見されました。
そのほかにも、2010年に解剖した4体のシカの胃からも大量の異物が発見され、うち2体は3kgを超える異物が蓄積していたのです。
参照:廿日市市|宮島地域シカ保護管理計画 (第2期 改訂版)
シカは反芻動物で、一度食べたものを何度も口の中に戻して咀嚼(そしゃく)する性質を持ちます。
そのため、役割ごとに4つの胃を持っています。
解剖したシカから発見された異物は1つ目の胃に蓄積していました。
第1胃は、シカの胃全体のおよそ80%、消化管の半分以上を占める大きな組織です。
3kgを超える異物の蓄積は、第1胃の容量のおよそ3分の2を占めることになり、それによってシカが栄養を摂取できなくなることは想像に難くないでしょう。
人間の些細な行いがシカの健康に与える影響を、しっかりと考える必要があります。
ボランティアによる継続的なエサやり

シカのエサやりを禁止する行為は、人間とシカが共生していくためといいながら、一方的にシカに我慢を強いているのではないでしょうか。
行政によるエサやりの禁止が発表されてから、宮島では痩せてガリガリになったシカを目にすることが増えたといいます。
その状況を見かねて、ボランティアの方々が継続的にシカにエサやりを行っているのが実際です。
まず、今まで当たり前に手に入れることができていたエサを手に入れられなくなり、言葉のわからないシカが急に対応できるはずがありませんね。
いくら人間が、「山へ戻れば食べるものがある」といっても、市街地を中心的な棲み処としていたシカが、いきなり山に戻れるわけがないのです。
また、山に戻っても、すべての植物がシカのエサになるわけではありません。
宮島の土質は塩分濃度が高い特徴があり、自然に生えている植物はそれらに対する耐性を持つ「耐塩性植物」です。
これらの耐塩性植物の多くは、シカは食べることができません。
つまり、自然に戻ってもそもそも食べられるものが少ないのです。
その事実を知ってしまうと、行政のやり方は本当に正しいのか疑問が生じます。
宮島のシカのエサやりは禁止されましたが、現在のところ、罰則が設けられているわけではありません。
しかし、だからといって観光客までがエサやりを再開してしまったら、再びシカの健康問題などに発展する恐れがあります。
市民でない私たちができることは、ボランティアの方々の活動をできる限り応援すること、行政のやり方がすべて正しいと思いこまず、問題意識を持って提起し続けることではないでしょうか。
多くの方が声を上げていくことで、問題は良い方向へと進んでいくでしょう。
宮島のシカはどこから来た?

宮島のシカは、人間が住みつくよりも昔から生息していたのではないかといわれています。
廿日市市によれば、かつて宮島は本土と陸続きでしたが、およそ6000年前に島として独立し、そのときにシカも分断されたのではないかとのことです。
遺伝子を調べた結果、広島県や山口県に生息するシカと近いことがわかっています。
参照:廿日市市|宮島地域シカ保護管理計画 (第2期 改訂版)
神の使いとして長い間大切にされてきた宮島と奈良公園のシカに、それぞれ関係はあるのでしょうか?
この答えは、近年、それぞれのシカのDNAを解析したことで明確な結果が得られています。
宮島のシカが中国地方に生息するシカと関係が深いのに対し、奈良公園のシカは紀伊半島に分布していたシカと関係が深いことが、遺伝子レベルの研究で判明しています。
奈良公園でシカが飼育されるようになったのは、奈良公園の春日大社に祀る神様を茨城県の鹿島神宮から連れてきた際、シカが神様の乗り物であったことが由来です。
宮島のシカも奈良公園のシカも、野生動物でありながら人間に大切に保護されてきた生き物であることに変わりはありません。
その関係がこれからも長く続くよう、節度を持って接することが大切です。
人間とシカの共生のためのガイドライン

廿日市市が取り決めた、シカの保護管理のガイドラインをご紹介します。
宮島のシカの保護管理活動は、専門家や住民の代表、関係機関により設置された「廿日市市宮島地域シカ対策協議会」によってすすめられます。
シカ対策協議会が中心となって方針を取り決め、またモニタリングを行い、住民や観光客へと活動を普及していくのです。
保護管理ガイドラインでは、以下の3つが決定されています
- 個体数を増やさないために、原則として給餌を行わない
- 避妊処置は原則として行わない
- シカを市街地に誘導しないためシバ草地の新たな造成は行わない
中には、犬や猫のように避妊手術を行えばよいのでは?という意見もありますが、廿日市市では今のところその予定はないようです。
廿日市市によると、野生動物であるシカに避妊手術をした場合さまざまな問題や課題が予測されるため、原則実施しないとされています。
しかし、このやり方は個体数を管理する人間が責任を持って行っているかというと、疑問を感じる部分があります。
避妊手術を施す例として野良猫があげられますが、これらの野良猫は、地域の方が「その子たちが亡くなるまでは」と、多くの場所でエサやりや保護活動を積極的に行っているのです。
これらの行動からは、「これ以上不幸な猫が生まれてこないように」「今生きている猫たちが精いっぱい生きられるように」と、人間側の責任感を感じることができるでしょう。
宮島の場合はどうでしょうか。
エサやりを禁止しただけでは、すこしずつ個体数は減少していくでしょうが、それでも母ジカは子どもを産みます。
今生きているシカたちはお腹いっぱい食べることができず、それでも本能で数を維持しようとするでしょう。
猫とシカでは身体の大きさが異なるため、行政の負担が増えることは想像がつきます。
しかし、保護管理といいながら自然任せの現在のやり方は、果たして責任を持って取り組んでいるといえるのか、疑問が残ります。
シバは、シカのエサとなる植物です。
シバが食べられる場所を新たに作ることは、シカにエサを与えることと同じ意味を持つ意味合いから、造成は行わないことが方針に盛り込まれました。
また、新たにシバを造成することが既にある自然環境への影響も懸念されることも、その理由の一つとしてあげられています。
保護管理対策は5年を目途に総括を行い、その後の方針が決定される予定です。
参照:廿日市市|宮島地域シカ保護管理計画 (第2期 改訂版)
観光前に知っておくべきシカとのマナー

廿日市市は、宮島のフェリー乗り場を降りたあとすぐの場所にある「桟橋前広場」に看板を設置して、シカと接する際のマナーを掲示しています。
看板には、次の3つのことが明記されています。
- いじめない、触らない
- 食べものを与えない
- ゴミを捨てない
宮島のシカはあくまでも野生動物です。
接し方には充分に注意して、不用意に近づいたり驚かせたりしないようにしましょう。
シカが驚いて観光客を襲うようなことが頻発すれば、また新たな対策を取らざるを得なくなります。
一人ひとりが適度な距離を保つことが、人間とシカとの共生に役立つのです。
宮島のシカは街中でも会える

宮島全体でおよそ500頭のシカが確認されており、そのうちおよそ200頭が街中で生息しています。
街中で生息しているシカは、何世代にもわたって人間と一緒に生きてきました。
人間に依存する部分が大きく、自然の中で暮らすことは難しいだろうと、現地の方々も認めています。
街中で会えるシカは人によく馴れているため、観光客は手に持っている食べものやパンフレット、ゴミなどを奪われないように注意が必要です。
宮島のシカとふれあうことはできる?
宮島のシカとのふれあいは、2つの理由からあまりおすすめはできません。
- エサを持っていると勘違いされる
- 野生化が進んでいる
宮島では痩せているシカが多くみられることから、空腹で飢えているシカが多いと予想されます。
そのような中で人間とふれあっていると、エサを持っていると勘違いされて囲まれたり、または襲われたりする可能性が高くなるでしょう。
また、エサやりが禁止されてから15年ほどの年数が経過しています。
エサやりが禁止されたことで、人間とシカとの接触は少なくなっていると予想できるため、シカが人間に対して警戒心を抱いている可能性は否定できません。
積極的にふれあいを求めに行くのは、控えた方が無難といえるでしょう。
宮島のシカは凶暴?
シカに食べものを奪われた、襲われたという意見を見たり聞いたりすることがあります。
これは、宮島のシカが凶暴だからでしょうか?
シカのせいだけではなく、人間にも原因があるのではないかと思われます。
空腹のシカがいた場合に、我先にと食べものを求めるのは、いたって自然な行動ではないでしょうか。
また、観光客は、そこに住んでいるシカのテリトリーに侵入していることを忘れてはなりません。
誰でも、自分のスペースに土足で入り込むようなことがあれば怒るのは当然で、これは動物にもいえるでしょう。
むしろ、ほかの動物や仲間との距離を大切にしている動物こそ、シビアかもしれません。
相手がシカであっても、節度を持って接することはとても大切なのです。
繁殖期は注意

宮島のシカは9月~11月ごろまでが繁殖期となり、近づくのは特に危険です。
この時期、雄は気性が荒くなり、また1年かけて育った立派な角も、ほかの雄シカとの争いのために鋭く磨かれています。
大きく育った角は、春になると自然に抜け落ちます。
また、出産・子育てシーズンもなるべく近寄らないようにしましょう。
宮島のシカの出産時期は4月~6月ごろです。
この時期にみられる子ジカはとてもかわいいのですが、母ジカがナーバスになっていることがあります。
子ジカに人間が触れることで育児放棄する可能性も否定できません。
不用意に近づかず、遠くから見守ってあげることが大切です。
自然公園への高級ホテル建設と反対署名運動

2022年に、廿日市市は観光庁から「上質な宿泊施設の開発促進事業」の一つに選ばれました。
それを受けて、廿日市市の市長は包ヶ浦自然公園に、1泊10万円以上する高級ホテルを誘致する計画を明言したのです。
「上質な宿泊施設の開発促進事業」に選ばれると、市は観光庁から宿泊施設運営会社やデベロッパーなどをマッチングしてもらえます。
包ヶ浦自然公園は、海水浴場やキャンプ場などがある平地で、シカも暮らしているのどかな場所として知られています。
宿泊客を増やして、特に海外の富裕層を取り込みたいことから、この場所へのホテル誘致計画が浮上したのです。
それを受けて、住民などをはじめとする「宮島包ヶ浦自然公園を守る会」は、ホテル誘致の反対署名を実施しました。
署名は全国から1万4000名に近い数が集まり、2024年5月に廿日市市議会に提出されたのです。
その後も「宮島の自然を守る会」からはホテル誘致計画の白紙撤回を求める署名が、前回よりも多い26,447名分も集まり、廿日市市に提出されました。
じつは宮島には、シカだけでなく17種もの絶滅危惧種が生息しています。
高級ホテルを建設することで貴重な自然環境が破壊され、絶滅危惧種の棲み処まで奪われる可能性があるのです。
経済的に豊かになることは、もとある自然を守る上で大切です。
しかし、自然を破壊して、動物の棲み処を奪って利益を得るのでは、本末転倒といえるでしょう。
市は住民の声にしっかりと耳を傾け、改めて調査を行い、適切な対応を取るべきではないでしょうか。
署名サイト(終了):宮島包ヶ浦自然公園のホテル誘致計画を白紙撤回してください
まとめ

現在の宮島の知名度の貢献に、シカの存在は欠かせないものでした。
住民の方々はシカによる被害を受けることがありつつも、それでも共生していくための道を探りながら、日々活動されています。
観光資源としても宮島を発展させていくことは大切ですが、何より大切なのは宮島に暮らす住民だけでなくシカも含めたすべての生物が、心地よく生きていけることです。
一方的な人間優位のシカの保護管理が進んでいけば、世代交代を繰り返したのち、シカはやがて人間の前から姿を消し、少ない数で山林の中でひっそりと暮らすしか道がなくなってしまいます。
これまで築き上げてきた人間とシカの関係性を維持するために、幅広い声を聞きながら、時には計画を考え直し、適切な方法を探っていくことが大切です。
宮島に観光に行かれる方は、ぜひ、シカが置かれている状況に、少しだけでも目を向けてみてください。