毎年、年に数回は目にするのが、「養鶏場で高病原性鳥インフルエンザ発生」「〇万羽殺処分」のニュースです。
2023年10月~2024年4月にかけては、養鶏場で10県で11事例が発生しました。
参照:環境省|2023~2024年シーズンの高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)発生状況(概要)
ニュースを見るたびに、心を痛める方も少なくないでしょう。
高病原性鳥インフルエンザが発生すると、養鶏場では基本的に全羽殺処分となります。
殺処分される鶏の中には、もちろん鳥インフルエンザに感染していない個体もいます。
なぜ、全羽が殺処分の対象となってしまうのでしょうか?
また、養鶏場をはじめとする家畜を飼育する施設では徹底した衛生管理で感染対策をしているはずなのに、なぜ鳥インフルエンザが発生してしまうのでしょうか?
今回は、鳥インフルエンザによる殺処分と、養鶏場の衛生管理を中心にお話しします。
養鶏場で鳥インフルエンザが発生したら殺処分するしかない?

養鶏場で鳥インフルエンザが発生した場合、家畜伝染病予防法にのっとり、すみやかに殺処分が行われます。
これは、鳥インフルエンザを引き起こす原因となるウイルスがそれ以上広がって被害を拡大しないための措置です。
ウイルスが広がることで、次のような被害が発生する恐れがあります。
- まだ感染していない鶏を守るため
- ウイルスが変異した場合に人に感染するのを防ぐため
養鶏場は、限られた空間です。
ウイルスは、感染している鶏の糞や唾液などからも広がる恐れがあり、一度鳥インフルエンザが発生してしまうと、鶏たちの間で急速に広まってしまう可能性があります。
もしも、感染した鶏から取れた卵や肉を人が食べた場合、そこから人への感染が起こる可能性も否定できません。
生きている鶏から直接人に感染するだけでなく、食物を通して感染する可能性もあるのです。
卵や鶏肉は全国に出荷されるため、知らず知らずのうちに感染が広まってしまいます。
「感染した鶏だけを処分もしくは治療できないのか」と疑問を持たれる方も多いかもしれません。
しかし、それでは、発生した農場以外にいる感染していない鶏や野鳥、そして、それらを食べる人の安全を守ることが難しいのです。
そのような事態を防ぐため、養鶏場で鳥インフルエンザが発生した場合は、かわいそうではありますが、全羽を殺処分することが法律によって定められています。
養鶏場の鶏は、人の食のために飼育されている動物です。
家庭で飼育しているペットであれば、病気になった場合には治療して回復を図ることが望ましいのですが、養鶏場の鶏は、人の食の安全まで視野に入れているため、このような措置を取らざるを得ないのです。
鳥インフルエンザは大きく分けて2種類ある
鳥インフルエンザを引き起こすのは、鳥に感染するA型インフルエンザウイルスです。
インフルエンザウイルスは、じつはA~Dの4つの型があります。
その中で、もっとも感染力が強いのがA型です。
そこから、鳥インフルエンザはさらに細かく分類されます。
ニュースを聞いていると、鳥インフルエンザの前に「高病原性」とついていることに気づくでしょう。
日本においては、鳥インフルエンザを大きく、鶏が感染した場合に死亡率が高くなってしまうものと、そうでないもの、そして一般的な「鳥インフルエンザ」の三種類に分類しています。
前者が「高病原性鳥インフルエンザ」、後者が「低病原性鳥インフルエンザ」です。
高病原性鳥インフルエンザの症状
高病原性鳥インフルエンザは、鶏に以下のような症状をもたらし、高い確率で死に至らしめます。
- 元気がなくなる
- 咳やくしゃみ、鼻水といった呼吸器症状
- 下痢
- 肉冠、肉垂のチアノーゼ、出血、壊死
- 顔面の腫れ
- 脚部の皮下出血
- 卵を産まなくなる、産む頻度が少なくなる
- 神経症状
参照:東京都保健医療局|高病原性鳥インフルエンザについて(鳥を飼っている皆さんへ)
低病原性鳥インフルエンザの症状
死亡には至らないものの、鶏にとって以下のような症状をもたらすのが、低病原性鳥インフルエンザです。
- 咳やくしゃみなどの軽度の呼吸器症状
- 産卵率の低下 など
低病原性鳥インフルエンザの場合、症状が全く現れないケースも存在し、知らない間に感染が広がっていたケースもあります。
低病原性鳥インフルエンザは、高病原性鳥インフルエンザに変異する可能性が高く、注意が必要です。
人間への影響は?

日本においては、これまで、鶏肉や鶏卵を食べたことによって鳥インフルエンザが人間に感染したという報告はありません。
世界中で報告されているケースで鳥インフルエンザが人間に感染した原因は、鳥インフルエンザで死亡した家禽の死体や内臓、鳥インフルエンザに感染した家禽や排せつ物を触ったなどです。
ウイルスと濃厚な接触があった場合には、人間も感染する可能性があります。
万が一、鳥インフルエンザに感染した鶏肉や鶏卵を食べてしまったら……と心配される方もいらっしゃるでしょう。
鳥インフルエンザウイルスは、加熱によって感染力を失います。
しっかりと加熱処理をして食べましょう。
食品全体が70℃になる温度が、鳥インフルエンザの感染力が失われる目安です。
また、十分に火が通っていない鶏肉はカンピロバクターによる食中毒が心配されます。
食中毒を予防するためにも、十分に火を通すことが必要です。
日本で生産される鶏卵は、生で食べられる、世界的に見ても安全性の高い食べ物ですが、こちらも鳥インフルエンザが心配な場合は、加熱処理をして食べることをおすすめします。
養鶏場で鳥インフルエンザはなぜ発生する?病原体の感染経路

秋から冬にかけて毎年、いずれかの養鶏場で鳥インフルエンザが発生しています。
養鶏場は、感染対策が徹底された場所です。
それなのになぜ、鳥インフルエンザが発生するのでしょうか。
鳥インフルエンザは、養鶏場の家禽舎で自然発生することはありません。
鳥インフルエンザウイルスに感染した野鳥や小動物が家禽舎に侵入することで、ウイルスが舎内の鶏に広まってしまいます。
また、感染した野鳥の死体や排せつ物などを踏んだ・接触した車や人、もの(コンテナなど)が出入りすることで、知らない間にウイルスが侵入してしまう可能性も否定できません。
鳥インフルエンザウイルスの宿主は、野生のカモ類です。
カモ類からほかの渡り鳥に広まり、それによって世界中に広まると考えられています。
渡り鳥は、秋から冬の寒い期間を乗り切るために、温かい場所を求めて世界中を飛び回ります。
そのため、日本ではこのシーズンに鳥インフルエンザの発生が確認されるのです。
日本においては、秋から翌年の春ごろまで、鳥インフルエンザへの警戒が必要です。
養鶏場の鳥インフルエンザ対策

一度、養鶏場で鳥インフルエンザが発生すると、甚大な被害を被ることになります。
そのため、養鶏場では鳥インフルエンザが発生しないよう、農林水産省の指導のもとでさまざまな対策が取られています。
実際にガイドラインとして適用されている、具体的な対策をご紹介しましょう。
1. 不要なものは持ち込まない
業務に関係のないものは養鶏場に持ち込まない、また、持ち込む場合は消毒を徹底します。
持ち込みや搬出をした場合には、記録に残すことも重要です。
2. 人が出入りする際の衛生管理を徹底する
家禽舎は、建物ごとに長靴を分け、出入りの際は消毒を徹底します。
また、作業服も専用のものを使用します。
3. 車両が出入りする際も衛生管理を徹底する
人だけでなく、搬入・搬出に使用する車も洗浄・消毒が必要です。
特に、足回りはしっかりと汚れを落とします。
4. 野生動物が侵入しないようにする
鳥インフルエンザ発生の対策として、特に重要なポイントです。
鳥インフルエンザは、家禽舎で自然発生するものではなく、野生動物に由来して発生します。
そのため、野生動物やその排せつ物などを家禽舎に近づけないことが、発生予防には欠かせません。
一度対策をしたら終わりではなく、定期点検を実施して、新たに隙間ができていないか、破損していないかをチェックすることも大切です。
野生動物や野鳥の侵入を防ぐために、以下のような対策がとられています。
- 防鳥ネットを設置する
- 農場付近に水場を作らない、草刈りや選定をする(野生動物や野鳥を近づけない)
- 屋根や換気扇(入気口)、壁などの隙間をふさぐ・穴が開いていたら速やかに修理する
- 屋内の集卵コンベア、除糞ベルトなどの隙間をふさぐ
- ネズミや害虫は定期的に駆除をする など
参照:農林水産省|高病原性鳥インフルエンザ発生予防のポイント
鳥インフルエンザが発生したあとの対応

万が一、養鶏場で鳥インフルエンザが発生したら、どのような対応がとられるのでしょうか。
発生から収束までの流れを追っていきましょう。
まず、原因がわからないけれど鶏がたくさん死んでしまった、鳥インフルエンザの疑いがあるといった場合、管轄の家畜保健衛生署や保健福祉センターなどに相談します。
検査の結果、鳥インフルエンザと判明したら、病気をそれ以上蔓延させないために、発生した農場ではすべての鶏の殺処分が行われます。
これは、家畜伝染病予防法によって定められているのです。
速やかに殺処分を行うことで、病気の蔓延を防ぎ、さらには人への感染も予防することができます。
殺処分した鶏は、焼却または埋却処分され、その農場で使用している機械や器具、設備など、すべて消毒します。
これで、農場内が再び営業できる状態となるのです。
鳥インフルエンザが発生したとわかったときに流通していた鶏肉や卵は、移動制限がかけられます。
私たちの手元に、それらの肉や卵が届くことはごくまれで、もし届いた場合にも、しっかりと加熱処理を行うことで人への感染リスクは避けられるのです。
養鶏場で鳥インフルエンザが発生した場合保険は適用される?

鶏肉や卵を扱う農家にとって、鳥インフルエンザの発生は、製品の出荷停止だけでなく、その生産者といえる鶏を全羽殺処分しなければならないことから、相当の痛手となります。
万が一鳥インフルエンザが発生した場合に、行政機関からの補償があるのかどうか、気になるところですよね。
じつは、鳥インフルエンザが発生して対応を余儀なくされた場合、国や都道府県などから補償が行われます。
どのような補償が行われるのか、みていきましょう。
鳥インフルエンザの対応で発生する国からの補償
農家の方々にとって出荷停止となってしまった場合、最も困ることは収入が得られなくなることです。
それに加え、鳥インフルエンザをはじめとする伝染病の対応の場合、鶏の殺処分から設備の消毒まで、別途費用がかかります。
鳥インフルエンザは、いくら予防を徹底していても、出てしまう可能性は0ではありません。
また、発生したときの、特に金銭的な被害は甚大で、そのようなケースが相次げば養鶏を行う人自体がいなくなってしまいます。
そういった事態を防ぐために、国や都道府県からの補償体制が整っているのです。
殺処分・移動制限の対応への支援
殺処分・消毒を行った際の国や都道府県からの支援は、以下の通りです。
殺処分が実施された場合、対象となった鶏の評価額が全額、国から支援されます。
殺処分に伴い、死体は焼却もしくは埋却をしなければなりません。
それにかかる費用も、半額分が支援されます。
また、鳥インフルエンザが発生すると、収穫・出荷した鶏肉や卵に移動制限がかかりますが、これらの費用も助成されます。
移動制限は、半径3kmなどの広範囲に設定されるため、一度鳥インフルエンザが発生すると、その影響は複数の農家・関係業者に及ぶ可能性があるのです。
経営再開までの支援
殺処分や移動制限への支援だけでなく、経営が再開されるまでの支援も整備されています。
殺処分した後は、農場に鶏がいないため、商品がない状態です。
また、営業を再開するまでには待機期間が必要で、その期間を経たのちに、検査に合格しなければなりません。
農家にとって、金銭的にだけでなく、精神的にもかなりの負担となるのです。
具体的な支援の内容
国や都道府県を中心に実施される支援の内容をご紹介します。
1. 経営を再開する場合(患畜発生農家など)
殺処分等により経営が一時中断し、再開を目指す農家向けの支援です。
| 制度・資金名 | 対象・内容 | 金額・限度額 | 助成率・利率 | 担当 |
| 経営支援互助金 | 積立を行っている生産者が経営を再開する場合 | 生産者積立金と同額を国が上乗せ | 1:1で助成 (国が同額補助) | 消費・安全局 動物衛生課 |
| 経営再開資金 (クイック融資) | 手当金が出るまでのつなぎ資金 | 手当金等交付見込額 (上限3億円) | 無利子 | 畜産局 企画課 |
| 経営再開資金 (通常メニュー) | 飼料費、ヒナ購入費、雇用労賃など | 個人:2,000万円 法人:8,000万円 | 年 1.725% | 畜産局 企画課 |
| 農林漁業 セーフティネット資金 | 経営維持に必要な長期資金 | 経営費の6ヶ月分 または 600万円 | 年 1.35~2.05% | 経営局 金融調整課 |
2. 移動制限・搬出制限区域内の農家への支援
近隣で鳥インフルエンザが発生したことで、出荷制限などを受けている農家向けです。
| 制度・資金名 | 対象・内容 | 金額・限度額 | 助成率・利率 | 担当 |
| 家畜伝染病予防費 | 制限による売上減少、飼料・保管・輸送費の増加分 | かかり増し経費等の実費 | 全額助成 (国1/2、県1/2) | 消費・安全局 動物衛生課 |
| 経営継続資金 | 飼料費、ヒナ購入費、雇用労賃など | 52,000円/100羽 | 年 1.725% | 畜産局企画課 |
| 農林漁業 セーフティネット資金 | 経営維持に必要な長期資金 | 経営費の6ヶ月分 または 600万円 | 年 1.35~2.05% | 経営局金融調整課 |
3. 区域外(全国)・その他の支援
制限区域外の一般的な農家や、処理場向けの支援です。
| 対象 | 制度・資金名 | 内容 | 金額・利率等 | 担当 |
| 全国の農家 | 経営維持資金 | 飼料費、ヒナ購入費等 | 限度額:5.2万円/100羽 利率:年 2.20% | 畜産局企画課 |
| 全国の農家 | セーフティネット資金 | 長期の運転資金 | 限度額:経営費6ヶ月分等 利率:年 1.35~2.05% | 経営局金融調整課 |
| 処理場等 | 食鳥処理体制整備等 | 処理再開の体制整備、一時保管の設備リース等 | 経費の一部を支援 | 畜産局食肉鶏卵課 |
参照:農林水産省|高病原性鳥インフルエンザ及び低病原性鳥インフルエンザ発生に係る生産者支援対策等
鳥インフルエンザが発生したその後…廃業することも

殺処分を余儀なくされた養鶏場にはさまざまな支援が用意されています。
しかし、中には廃業せざるを得ない状況に追い込まれることもあるのです。
たとえば、2023年に鳥インフルエンザが発生したある農場では、営業再開が難しく、翌年に農場を閉鎖することを決定しました。
営業再開が困難だった理由は、経済的なものではありませんでした。
営業を再開するにあたり、国の規定によって、万が一の場合に備えた埋却用の土地を用意する必要があります。
この土地の確保が難しかったことで、元通りに営業を再開することができなかったのです。
それ以外にも、以前ほどの規模で営業を再開することができず、仕方なく稼働規模を縮小して営業している農家もたくさんいます。
鳥インフルエンザが発生したあと、養鶏場の再開は思うように進まないのが実態で、以前のように営業を再開するには、長い時間と多額の費用がかかります。
関係各所との調整も、ハードルの一つです。
支援は数多く用意されているため、それをうまく活用するための手段や、支援体制の見直しが必要でしょう。
まとめ

鳥インフルエンザによって養鶏場の鶏が何万羽と殺処分されるのは、心が痛いものです。
しかし、現状では、これが最も感染を広げず、人や鶏、野鳥などの安全を守るための手段なのです。
中には、ワクチンを使用して感染リスクを下げればよいのではないかと考える方もいるでしょう。
もちろん、病気によってはワクチンは有効な手段です。
しかし、インフルエンザのような変異を繰り返す感染症の場合、必ずしも有効な手段であるとはいえないのです。
ワクチンを接種することで耐性のあるウイルスが生き残り、その後の治療が難しくなったり、感染範囲が広まったりする恐れがあります。
また、ワクチンを打ったことで症状が現れにくくなってしまい、病気の発生に気づかず、知らない間に感染範囲が広がってしまうリスクもあります。
鳥インフルエンザによる殺処分は、私たちが鶏を食用として利用する以上、受け止めざるを得ない人側の責任であり、現実です。
非常に大きな問題ではありますが、発生は万全の態勢がとられた上のことで、対処とする殺処分も、現状できる最善の策なのです。
根本的な解決法はなかなか思いつくものではありません。
しかし、さまざまなジレンマの中で対処している方がいるということを、鶏の恩恵を受けている私たちが忘れないことが、大切といえるでしょう。


