ほとんどの哺乳類には、ひげが生えています。
ふさふさの長いひげは、見ているだけでとてもチャーミングですが、自然界で暮らす動物にとってはアンテナの役割があり、生きていく上でとても大切な器官なのです。
また、ひげの動きは、コミュニケーションにも役立ちます。
ひげの動き方を確認することで、動物の気持ちを読み取ることができるのです。
しかし、犬をはじめとする一部のペットでは、人間によってひげを切られることがあります。
ひげを切ってしまっても、動物にとって不便はないのでしょうか。
今回は、動物のひげの役割や構造、トリミングする上での注意点などをご紹介します。
動物のひげの役割

野生の厳しい環境を生き抜く動物たちにとって、五感はとても重要です。
その一つとして、動物のひげは発達してきました。
ひげは多くの哺乳類にみられる器官ですが、哺乳類以外にも、魚類や両生類などの水中や水辺で暮らす動物にもみられます。
また、昆虫にも、ひげに該当する触角があります。
ひげや触覚は、動物にとって周りの環境を把握する「アンテナ」や「センサー」のようなものです。
動物にとってのひげの役割を詳しくみていきましょう。
肉食動物のひげ

獲物を捕食して食べる肉食動物にとって、距離感を正確に把握できることは欠かせない能力の一つです。
肉食動物は前方に位置する目で獲物との正確な距離を測ることができますが、ひげは、それを補佐する役割を持っています。
- 猫の場合
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例えば身近な肉食動物である猫は、口元だけでなく、顔の広い範囲にひげが生えています。
よく眉毛と称される目の上の長く太い毛も、じつはひげの一つです。
猫のひげは、犬のひげと比べると1本1本がとても長いのが特徴ですね。
これらのひげによって、顔の周りの障害物との距離を確認して、狭い場所を通れるかどうかの判断をすることができます。
暗い場所でも障害物にぶつからずスムーズに歩けるのは、ひげのおかげです。
また、ごくわずかな空気の振動を感じ取ることもできるため、獲物の動きや距離を察知するのにも役立ちます。
- 犬の場合
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犬のひげは、猫ほど感度がよくありません。
ひげによって障害物との距離を測ることができるのは同じですが、獲物の動きを察知するまでにはおよばず、目の前の障害物を通過できるかどうかといった、自分の周りの空間を把握するのに役立っています。
猫ほどではありませんが、風や温度の違いといった、空気の流れを感知することも可能です。
これは、犬と猫の獲物を捕まえるスタイルの違いによるものと考えられます。
猫はおもに単独で、獲物との距離をしっかりと見極めながら、少しずつ距離を詰めていき、最後は一気に駆け寄って獲物をしとめます。
瞬発力が重要になるスタイルですね。
それに対して犬は、基本的に集団で狩りをします。
複数頭で追い込みながら狩りをするため、猫のように獲物の動きを細部まで感知する必要はありません。
これらの理由から、ひげの感度に違いが生じていると考えることができるのです。
目の上のひげは目を保護する役割もある
犬や猫のまぶたの上にあるひげは、目を保護する役割があります。
通常、私たちが意識的に目を閉じるには、脳からの信号を待たねばなりません。
しかし、目の前に異物やチリ、ほこりなどが飛んできた場合、反射的に目を閉じることがあります。
これは、眉毛にあたる部分に反射弓という、刺激を伝導する経路があるためです。
反射弓の働きによって、とっさの出来事から瞬時に目を閉じ、保護することにつながっています。
ひげで感情を読み解く
犬や猫は、ひげの向きから感情を読み解くことが可能です。
特に顕著なのが猫のひげです。
| 前方を向いて広がっている | 興味や好奇心がある、興奮している状態 |
| だらりと下がっている | リラックスしている状態 |
| ピンと張っている | 警戒している、怖いと感じている状態 |
一般的に、猫は犬ほど表情が豊かではありませんが、このようなひげの動きで気持ちを推し量ることができるので、コミュニケーションをとるときの参考にするとよいでしょう。
草食動物のひげ

草食動物のひげは、食べ物とそうでないものを分別するためや、地面の状況を察知するのに活用すると考えられています。
草食動物であるキリンやネズミ、ウサギなどを見てみると、猫に負けないくらい、もしくはそれ以上に長いひげをもつことに気がつくでしょう。
高い樹木の葉を食べるキリンは、葉とトゲを分別するのに長いひげが役立ちます。
そして地面を跳び跳ねて移動するウサギは、長い顎ヒゲが地面に触れることで、地面の凹凸の状況を把握できると考えられているのです。
ネズミも、地面につくほどの長いひげがさまざまな包囲を向いて生えています。
これも、身の回りを警戒しながら移動するのに役立っているのです。
ひげの基本的な構造

ひげは体毛の一種ですが、通常の体毛よりも太く長く、しっかりとした構造です。
ひげの詳しい構造をご紹介します。
ひげの構造
ひげの正しい名称は「洞毛」です。
哺乳類に生えているひげは、体の中で最大の毛で、「触毛」に属します。
触毛は、哺乳類だけでなく、昆虫などにも生えている身体の表面にある感覚器官の一つです。
ひげ自体に神経が通っているわけではありませんが、その根元には血管や神経が通っています。
- 毛包
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ひげをはじめとする毛の根元は「毛包」という組織に覆われています。
毛包は、もっとも外側に結合組織性毛包、その内側に外毛根鞘、さらに内側に内毛根鞘、もっとも内側が毛球に包まれているといった構造です。
ひげの場合、結合組織性毛包に巨大な静脈洞があるのが特徴です。
ここに血液が集まることで、栄養を得ることができるのです。
内毛根鞘は毛(ひげ)を固定する役割を持っています。
また、毛球の中央には毛乳頭があり、ここから毛の成長に必要な栄養が送られるのです。
内毛根鞘には結合組織性小柱という、ひげを固定する組織があります。
ひげは、ほかの体毛の何倍も長く太いため、固定するのが弱い力だと耐え切れずに抜け落ちてしまいます。
ひげの内毛根鞘には、ほかの体毛部分にはみられない多数の神経の末端部分が確認されていることから、その感覚によってたくさんの情報を得られることが推察できるのです。
- 洞毛
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洞毛(ひげ)は、猫の場合では直径60~300㎛で、最大で体毛の6倍ほどの太さがあります。
太く長いひげを支えるために、根本は4㎜ほども皮膚に埋まっています。
これは、通常の毛の3倍以上の深さに該当するのです。
毛は、構造によって産毛、軟毛、硬毛の3種類に分けることができます。
ひげは硬毛に分類され、硬毛は「終末毛」とも呼ばれます。
産毛は、生まれてしばらくすると抜け落ちてしまう毛で、軟毛は、人でいう体毛です。
硬毛は、太くて硬い毛で、人間の眉毛やまつげ、髪の毛などが当てはまります。
参照:J-STAGE|大阪歯科学会例会抄録 1 ネコ上唇毛 (洞毛) の微細形態と微細血管構築について (第395回 大阪歯科学会例会)
ひげは、一般的におよそ半年に一度のサイクルで抜け落ち、新しいものが生えてきます。
若い犬や猫はそのサイクルが早い場合もあるため、ひげが頻繁に落ちていても基本的に心配はありません。
サイクルが早いといっても、多数のひげが一度に抜けることはないため、もしもひげが一度にたくさん抜けているといった場合には、病気の可能性を疑う必要があるでしょう。
また、たくさん折れてしまっている、ある部分だけ抜け落ちているといった場合も、注意が必要です。
アレルギーや皮膚の病気、ストレスなどでこのような症状になることがあります。
猫は前足の後ろにもひげがある
犬や猫は、顔の以下の部分にひげが生えています。
- 眉上:眉上毛
- 鼻の下:上唇毛
- 口の横:口角毛
- 頬:頬骨毛
- 下あご:下唇毛
猫に特徴的な鼻の下に生えているひげ(上唇毛)は、左右それぞれで約45本ずつも生えています。
猫は、これらの部分以外にも、前足にもひげがあることをご存じでしょうか。
前足のひげは顔のひげほど長くはないため、注意してみなければ気づかないかもしれません。
猫以外にも、アルマジロやキツネザルなど、じつは多くの動物に前足のひげがあることが確認されています。
猫の前足は、人間でいえばつま先立ちの状態です。
人間でいう手首にあたる部分が、猫のひじのように見える場所に該当し、そのあたりに短いひげが生えています。
前足の手首に生えているひげを「手根触毛」といいます。
このひげの役割については、まだ詳しいことはわかっていません。
仮説として、獲物を捕まえるときや木登りをする際に役立っているといわれています。
猫に触れられる環境にある方は、前足のひげをぜひ確認してみてください。
くじらにもひげがある?

昔から実用品として利用されてきた「クジラひげ」ですが、これはひげではありません。
ヒゲクジラ類の上あごに生えている「ヒゲ板」を指します。
ヒゲ板は一頭当たり数百枚もあり、その成分は髪の毛や爪と同じ「ケラチン」です。
種類によって1本あたりの長さは異なりますが、最も長いものだと、セミクジラで280cmもあります。
クジラひげは、蒸気で蒸すと柔らかくなり、さまざまなものに加工することが可能です。
弾力があることや、手垢などで汚れにくいといった特性から、
- かんざし
- ペーパーナイフ
- 茶たく
- 釣り竿
- 靴ベラ
など、多くのものに利用されてきました。
しかし、現代では製造過程に手間がかかることから、クジラひげを加工した製品は少なくなってしまっています。
なんと、生まれてすぐのイルカには、口の周りにひげが生えていることがわかっています。
これは、生まれたばかりのイルカが周りの状況を察知するために役立っていると考えられているのです。
これらのひげは成長とともに失われてしまいますが、その痕跡は大人になってからも毛穴として確認することができます。
ひげは切っても大丈夫?

「猫のひげは切ってはいけない」と、聞いたことがある方は多いでしょう。
しかし、最近では長毛種の犬や一部の猫はトリミングを行うことがあり、特に犬では顔の毛もカットする流れでひげも短く切り揃えられていることがほとんどです。
動物にとって感度の高いセンサーともいうべきひげは、切っても問題ないのでしょうか。
ひげは切らないほうがいい
ひげは、動物たちが生きていく上でとても重要な役割を持つセンサーです。
そのため、不必要に切ることは避けましょう。
特に猫は、ひげを切ることで平衡感覚を失い、しばらくの間まっすぐに歩けなくなってしまうこともあります。
また、犬も猫も、人間ほどの視力はありません。
知らず知らずのうちに、壁や扉などにぶつかってしまう恐れもあるのです。
そうした感覚の変化から、気持ちが不安定になることもあります。
必要なケース以外では、ひげはそのままの状態にしておきましょう。
興味本位やいたずらでひげを強く引っ張ることも、動物たちにとっては不快でしかないため、そのような行動は避けるべきです。
犬のトリミングでは切ることも

犬の場合、トリミングで口元を整えるときには、ひげも切ります。
トリミングを行う必要のある犬は、基本的に毛が長い種類です。
そのままにしておくと見栄えがよくないのはもちろんですが、衛生的にもよくありません。
口元の毛が長いままだと、食事の食べかすや水などで汚れてしまいます。
これは、ひげも同様です。
また、まぶたの上のあるひげも、長すぎて視界を遮ることがあるため、カットするケースがほとんどです。
猫の場合は、トリミングを行っても、日常生活に欠かせない感覚器官であるひげは切らないのが一般的となっています。
ひげを切る必要があるケース
トリミング以外でひげを切る必要があるケースは、ひげの周囲にけがや病気をしてしまった場合です。
このような場合は、治療を行うためにひげを切ることがあります。
ただし、自己判断では行わず、必ず獣医師に相談しましょう。
犬のひげの切り方

毛の長い犬でも、「毎回トリミングに連れて行くのは大変」と、ご自身で愛犬の毛をカットされる方も中にはいらっしゃるでしょう。
また、伸びてきた部分だけ、次回のトリミングまでの間に調整される方もいらっしゃるかもしれません。
そのような方に向けて、ひげを切る場合の注意点をご紹介します。
ただし、ご自身でのカットを推奨するものではありませんので、基本的にはトリミングサロンなどを利用しましょう。
犬のひげの正しい切り方
犬のひげを切るときには、短時間かつ安全に配慮した状態で行います。
- 犬を安定した場所で支え、いきなり切るのではなく、まずはひげを梳かしましょう。
- 切るときには犬が動かないことを確認して、ひげの先端から少しずつ切ります。
- このとき、おやつを使用して気を引くのもよいでしょう。
- はさみは顔に対して平行になるように使用することで、けがの防止につながります。
- ひげの根元は神経があるため、残しておくことが大切です。
- 犬が嫌がったり動くようであれば、それ以上切り進めないことも大切です。
- 切り終わったら、左右のバランスや切り残しなどをチェックします。
切り終わった後は、タオルを使用して顔の周りをやさしく拭いてあげましょう。
基本的には自分で切らずプロに任せる

犬のひげを切る際は、プロに任せることで安全かつ見た目もよくなります。
トリミングサロンや、場合によっては動物病院でお願いしましょう。
ご自身でひげを切った場合に、犬が不快感を覚えると、犬が嫌がって暴れたり逃げ回ったりして、次回からのお手入れが大変になる恐れもあります。
抜けた猫のひげはお守りに!

抜けた猫のひげは、お守りになるともいわれています。
ひげを保管するケースも、オンラインショップをはじめとするお店で販売されていますので、愛猫の抜けたひげを集めてみてはいかがでしょうか。
木製のケースやペンダント型など、見た目にもかわいいひげケースがたくさん販売されています。
まとめ
今回は、動物のひげの役割や犬や猫の場合のお手入れについてご紹介しました。
日常のケアやふれあい方の参考にしてください。
動物にとって重要な役割をもつひげは、大切に扱ってあげましょう。
今回は犬や猫のひげを中心にご紹介しましたが、ネズミやウサギなどのげっ歯類や、キリンや馬といった大型の草食動物など、それぞれのひげの役割を調べてみるのも面白いはずです。
気になる動物の、ひげをはじめとする身体の構造に興味を持ち、学びを得ることも、動物たちを理解する上で役立ちます。
ぜひ、楽しみながら調べてみてください。


